傘
あるところに大きなお城がありました。そのお城は小高い丘の上に建っていて、真っ白な壁に緑色の屋根の立派なお城でした。そのお城からまっすぐ下ったところに広場があり、その広場には噴水がありました。その広場のちょうど南側に傘屋さんがありました。オレンジ色の壁のお店です。そのお店には子供から大人まで使える傘が並んでいて、色とりどりの傘があります。人気のある傘は花柄と飴柄の傘です。雨の日でも気分が晴れると人気の傘だそうです。傘を売っているだけではなく、傘の修理もしています。傘の骨を直したり、貼り替えたり。直せる物なら何でも直してくれます。このお店には一人の女の子がいます。オレンジ色の三つ編みにワンピースを着て、白いエプロンを付けています。このお店は女の子のお父さんとお母さんのお店でしたが、今お父さんとお母さんは別の街で働いています。ですので、女の子は一人でこのお店で働いていました。
そんな女の子を街の人たちはとてもよくしてくれました。畑で取れた野菜を持ってきてくれたり、お店に来てくれたり。街の人たちの気持ちはとてもうれしかったのですが、女の子はあまり辛いとは思いませんでした。なぜなら、女の子には特別な夜があったからです。
満月の夜です。日没とともに月が輝き始め、周りの星たちは見えないほど夜の空を明るく照らしています。女の子はお店を閉める支度を始めました。お店に飾っておいた傘を中にしまい、修理を頼まれていた傘を区切りのいいところまでにして、しまいます。そして明かりを消して、お店の戸締りをすると外階段を登って二階にある自宅に帰っていきました。
女の子を夕飯の支度をしました。今夜のことが待ちきれず、鼻歌を歌っていました。風が出てきました。窓がカタカタと音を立てています。昼間は穏やかな風でしたが、夜になって少し強まってきたようです。女の子はその音を聞いて嬉しくなりました。簡単に夕食を済ませ、身の回りの仕事をすると、一番お気に入りの傘を持って家を出ました。
街は静まり返っています。風が広場の噴水の音を運んできました。昼間は大勢の人の話し声にかき消されて噴水の音がBGMのようになっていますが、今は噴水の音が主役のように聞こえます。ゆっくり階段を降りて広場にでました。広場の白いタイルにくっきり影ができるほど、月の明かりが輝き、空気が澄んでいます。女の子は傘を握りしめると、お城の方に向かって坂道を登っていきました。
お城のちょっと手前に右に曲がる小道があります。女の子は右に曲がり、その小道を進んでいきました。小道を抜けると突然広い景色が目に飛び込んできました。公園です。高い木が生い茂り、葉っぱのこすれる音が無数に聞こえます。女の子は公園の端まで来ました。城下町が見下ろせます。絶景です。人々の一日は終わりを迎えていて、街を眠りにつこうとしています。風が段々強まってきました。女の子はその場に座り、風でゆれる三つ編みをじっと眺めていました。
月が空のてっぺんまで登り、街全体を包み込むように照らすころ、風がびゅーびゅー吹いてきました。公園の木々は葉っぱ同士がこすれる音がどんどん大きくなり、公園中の木がおしゃべりをしているように聞こえます。
女の子は立ち上がりました。そして公園の真ん中まで歩いていくと、お気に入りの傘を広げました。そして、追い風が強く吹いた瞬間走りだし、公園から城下町に向かて飛び降りたのでした。
傘が風を受け止め、女の子は宙に舞いました。それを祝福しているかのように、月がより一層輝いています。心地のいい風が女の子のほほをかすめます。まるで宙を歩いているかのような感覚に、女の子は疲れも寂しさも忘れてその時を楽しみました。
お店の近くまで来るとゆっくりと屋根に近づき、屋根にそっと足を付けて着地しました。傘を閉じるとさっきの風はうそのように止んでいます。女の子は屋根の上に座りました。優しい風を感じながら女の子は夜の空気をゆっくり吸い込み、月明りに照らされた街の景色を楽しみました。