二度目の帰省 4
船着場には人影はなくて、小さな街灯が寒々しい。岸壁に沿って数軒並ぶ家も静かで、一軒だけ小さな窓から灯りが漏れている。船着場のあたりに車を停めて、僕たちは車を降りた。
「どこ、ここ?」
「いや、知らんし」
「謎の集落」
「生きて帰れんかも」
「やめてよ」
タイラが情けない声を出して、3人とも大笑いだった。実にくだらない。くだらないのはわかっているけど、そのくだらなさが楽しいし、切ない。
年の瀬だというのに、驚くほど暖かい夜だった。防波堤の先まで歩いて、横になって空を見上げた。満月の夜。南の高い空にまんまるの明るい月が浮かんでいる。東京に出て半年あまり、こんな風に夜空をみあげたことがあっただろうか。ちゃぷりと防波堤に波が当たる。いつも潮の匂いがする町。寂しさが襲ってくる。本当にいるはずの場所を、僕は間違ってしまったのかもしれない。
山の中に比べて、海のそばはいつも明るい。満月の夜は月明かりを海が照り返すから尚更だ。ぼーっと寝転がっているとさすがに寒くなってきて、そろそろ行くかと起き上がって車へ戻った。やってきた山道と別の道を進むと、ほどなくしてガソリンスタンドの灯りが見えて、国道にぶつかった。
「あー、この道ね。曲がったことなかったわ。」
何度も通った道からものの5分入っただけなのに、違う世界に迷い込んだような不思議な気持ちだった。
それから車をもう少し北へ。アニソンのトルコライスみたいな味付けにも飽きてきて、音楽を変えた。ドーピングパンダ。バンドアパート。ゴーイングアンダーグラウンド。スーパーカー、キリンジ、真心ブラザーズ。次々と流れる音楽が僕たちと緑色のラパンを揺らして、真冬の夜はいつまでも終わらないように思った。
西海橋を渡らずに、半島の先をまわって外海へ回る。そうしてしばらくすると、景色が一変すした。
内海の低い海岸線と違って、外海の道は海食崖の上を縫うように走って、時々海のそばの集落に降りる。ピンもタイラもだんだん疲れてぼーっとしていたけれど、運転席から見下ろす海がきれいで、また走りに来たいと思った。
「そういえばさ、さっき見えた池島、あるやろ。あそこに最近イノシシが出るらしいぞ。」
僕もピンもそれの何がおかしいのかわからなくて、え?と間の抜けた返事をした。
「いやさ、何年か前までは池島にはイノシシおらんかったとけど、最近出るようになったって。泳いで渡ったらしかぞ。」
え?まじで?ウソやろ?僕もピンもイノシシが海を泳ぐことを信じられなかった。
「いや、まじまじ。テレビで写真も見たし。」
夜の海を泳ぐイノシシ。なんだか昔話みたいだ。真夜中を過ぎて、西の水平線に満月が近づく。金色に輝く光の道を、誰もいない浜でイノシシがじっと見つめる。視線の先には小高い島。どうしてイノシシは安住の地を去って、何があるかもわからない島へ向かうんだろう。
そんなことを思うと、何も考えずに東京へ向かった僕と、小さな島へ向かったイノシシは、さほど違いが無いような気もしてくる。
二人を送り届けてから家に着いたのは、午前3時を過ぎた頃だった。ゆっくり眠ろう。朝はもうすぐ来るけれど、この町は東京よりも、日が登るのが少しだけ遅い。
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