ep7 夜のヒロコ
このまま、全部、なにもかも、終わってしまえばいいのにな。
最近はそんなことを考えながらベッドで目を閉じる夜ばかりだ。夜のヒロコは気が立っている。高校の同級生はバカばっかりだし、私が絵を描いても、詩を描いても、あんなやつらに見せようとすら思わない。
家族だって同じ。パパは毎日「今日は学校どうだった?」って。興味が無いのがまるわかりだ。それしか言えないなら黙ってパズドラでもやってたらいいのに。ママにだけは見せたことがあるけれど、「ヒロコはすごいねえ」「頭がいいねえ」だって。意味がわかんないならあんたも黙ってればいい。
どうしようもなくむしゃくしゃする夜は、心のなかで三度唱えてから眠るようにしている。
このまま、全部、何もかも終わってしまいますように。
このまま、全部、何もかも終わってしまいますように。
このまま、全部、何もかも終わってしまいますように。
そうすると気分がすっきりする。目が覚めた時に始まるのはもう私じゃなくて、どこの誰だか知らない私だ。
どうしようも無いくらい誰もいない町。こんなに家がたくさん並んでいるのに、中学校の同級生たちの顔を思い浮かべてみても、ため息がでるばかりだ。絵や詩より、鼻セレブの方が彼らにとっては役に立つ。
でも今夜だけは、お祈りはやめてみようと思う。なぜなら明日、宮崎君に本を貸すから。
バカばっかりの学校だけど、宮崎くんは少し違う。いつもみんなとちょっとだけ距離を置いていて、クラスの上から下(こんな言葉もバカみたいだけど)まで、みんなと楽しそうに話す。そんなに声も大きくないし、時々出てくるブラックなユーモアも、センスが良くて笑ってしまう。
目についたのは、椅子の背もたれにかけた宮崎くんの肘から先。黒いミサンガに、日焼けした腕。腕時計のベルトも華奢で、女の子みたい。
「何読んでるの?」
宮崎くんの声がカツーンと、頭の中の大理石の床に落ちて響いた。目を上げると宮崎くんは私の手元を見ている。カバーをかけているからもちろんタイトルは見えない。
「これ?小説。」
そっけない返事になってしまった。
「どんなのが好きなの?」
「ミステリとか?けっこう古めのも読むし。いろいろ。」
「へー。なんか貸してよ、今度。最近暇だから。」
本気にしたの?ってバカにされたりしないだろうか。昨日の今日でいきなり本を持ってきて、ウザいと思われないだろうか。
でも多分、宮崎くんなら大丈夫。目が合ったのはほんの一瞬だけだったけど、ちょっぴり恥ずかしそうな顔は、からかっている顔じゃなかった。立ち上がった時に見えた黒い革のベルトも、センスがいいな。上履きはちょっと汚いけど。
選んだ本は、もうカバンにしまってある。「僕は勉強ができない」。気に入ってくれるかな。どうかな。なんて言うかな? 気になることがいろいろあるから、今日だけは眠っても世界が終わらなくて、無事に明日になるといい。いっそ目が覚めたら、もう放課後で、私は窓際の前から三番目の机に座っていて、後ろの席では窓を背もたれにして宮崎くんが本を読んでいて。窓を開けたら、金木犀の香りがして。
そこまで考えて、目を開けた。バカみたい。ドキドキしちゃって。気持ち悪い。
窓を開けて、深呼吸する。2回の窓から見える景色は好きだ。ニュータウンの入り口へつながる、真っ直ぐな長い坂道。きれいに整列した家からフラワーシャワーは飛んでこないけど、なんだかバージンロードみたいだ。真夜中のバージンロード。カバンに入った文庫本を持って。
宮崎くんは毎朝、早く学校に来る。私も明日は、いつもより2つ早いバスに乗ろう。
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