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r6.9.4死の覚悟


こんにちは、死に向かって生きる人です

あまり書いていなかったけど、今日は書く気分。

SNSを眺めていると時々「○○の家族です。○○は闘病の末亡くなりました。ありがとうございました。」

のような内容が流れてくることがある

結論から言うと私は死に向かって生きる人であり、死ぬ覚悟は出来ている

と思っていた。

が、そのような投稿を見た時に
ああ、私 最期が近づいたら足掻くかも知れない

そう、生きることに執着をしてしまっている気がするのだ。


ここを覗くと自死を望む人をちょくちょく見かける

それは今苦しいからであって、その時がきたらと考えたらどうだろう?

未練や後悔はないか?



さて、ここの所某所で飛び降り自殺をした方のニュースでもちきりだが否定的な意見が多い

それは他者を巻き込んだからという理由である

でも考えて欲しい
自死する覚悟を持ち実行するほど当事者は悩み苦しんだ

その覚悟は並大抵でできるものじゃない

確かに、生きることに希望を持っていた他者を巻き込んだことに関しては許し難い

が、それだけの覚悟を持たせるこの世の中に世界にルールに環境に目を向けない人々を私は外からおかしな人達だ、と思った


飛び降りた人はどんな環境でどんな気持ちで生活していたのだろう

助けてといえる人が、環境がなかったのだろうか


実際、死を考える時他者のことまで頭に入らないと私の経験上思う

首を吊って救急搬送された時、私は何も考えられなかった

同居していた人のことやその後の家族のこと、賃貸のこと、ペットのこと

なにもかんがえられなかった。

やった後に「ああ、たくさんの人に迷惑をかけてしまう行為だったんだ」と悔やんだが…

その瞬間は何も考えられないものではないか


なぜならただただ苦しいから終わりにしたい、という気持ちで頭がいっぱいだからだ。

もし自死したい気持ちでいっぱいの方がこの投稿を見たら

コメントして欲しい


理解はできないだろうが、私はどうせ死ぬ人間なのだからゴミ箱のように気持ちを吐き出して死ぬこと以外に考える隙を作って欲しい。

それでもダメなら結末は自分で決めていい


おわり


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