謎に着目した物語分析
今回はこちらの記事を参考に、あらゆる作品をここに書いてることに当てはめてケーススタディを試みてみる。
今回対象にするのは雨穴さんの【奇妙なブログ】消えていくカナの日記、ヒキヨセル、SCP-280-JP 縮小する時空間異常
どれも20分足らずで見れる良作なのでぜひご覧になっていただけたらと思う。
※※※注意:これらの作品のネタバレを含みます※※※
ヒキヨセル
ヒキヨセル〜聖夜の罪〜2/8 pic.twitter.com/5AIKt8lpcF
— 福地翼@次回作準備中 (@fukuchi_tsubasa) June 30, 2024
1,「興味深い、あるいは奇妙な事件/事象」を1つ設定します。
これについては「欲しいものを手元に引き寄せる能力」
この謎に対して
2,次に、それについて「何故そうなったのか?」という背景や設定を煮詰めつつ、首謀者ふくめ周辺に必要な人を配置します。
ネタバレ注意
主人公は二重人格。両親が事故でなくなったため。主人公も認識してないうちにもう一つの人格がモノを調達してきていた。
3,そして、最後に物語上において、その「何故?」を追いかけるための最もふさわしい人物を決め、その人物と事件を遭遇させて物語の謎を解かせる
主体は主人公。その能力を「奇妙な事象」たらしめているのは彼視点だけだから。謎を解明し語るのは警察。第三者視点でしか真相にはたどり着けない。
こう見ると、確かに「興味深い事象」を的確に扱っている。そしてそれによって読者は先が気になり漫画に惹きつけられるという効果を多大に発揮している。情報の出し方も的確。
4p目で主人公の両親が亡くなったこと。そして子供のころ変なことをよく言っていたというのも伏線になっている。
また、謎の真相の明かすまでの家庭も秀逸。ただものを引き寄せるだけでは実際なんの問題もおこらない。しかし「人間」を引き寄せてしまったことで刑事事件に発展してしまう。また、読者視点でも明らかに嫌な予感プンプンなので緊張は最高潮に達する展開の巧さがある。
雨穴【奇妙なブログ】消えていくカナの日記
1,「興味深い、あるいは奇妙な事件/事象」を1つ設定します。
不可解で興味深い点の多いブログについての作品。タイトルは「消えていくカナの日記」消えていくってどういうことだ?真相が気になる素晴らしいタイトル。
カナの絵が4ヶ月で異様に変化していることが描写される。「この4ヶ月でカナの身になにがあったのか?」これが興味深い事象だろう。
そしてブログを読み進めていくが、視聴者に様々な疑問が湧く。次から次に現れる情報が、視聴者の興味を惹きつける。
「カナとケントの関係は?」→序盤でSさんが言うように最初は親子なのか?と思うがどうやら恋人らしい。精神を病んだ彼女を献身的に世話しているようだ。本当にそれだけなのか?
「カナの状態について」→「誰かが見てる」といったり、一人で生活できなそうなことが明かされていく。カナはどういう状態なのか?
「ケントの言動の不自然さ」→だが、ケントがカナを病院につれていく気がないなど、引っかかる点は多い。
これらの不可解な事象が散りばめられており、なにか重要な事実が隠されているんじゃないかと暗喩する。視聴者はそれが気になりどんどん引き込まれていく。
2,次に、それについて「何故そうなったのか?」という背景や設定を煮詰めつつ、首謀者ふくめ周辺に必要な人を配置します。
ネタバレ注意
真相は、「カナがケントに監禁されている」。そして「カナはケントの書いているブログを利用して読者にメッセージを送っていた。ケントにバレないように助けを求めていた。」というのが真相。
最初の上手な花の絵は「カレンダーの特定のため」それ以降のぐちゃぐちゃな花の絵は「メッセージに気づかないためのカモフラージュ」
3,そして、最後に物語上において、その「何故?」を追いかけるための最もふさわしい人物を決め、その人物と事件を遭遇させて物語の謎を解かせる
ブログを見に来た一般人。そして恋人がケントと同じカレンダーを持っている。というのが重要。
情報の出し方について
まず冒頭で「エドワードサモンド」という精神疾患患っていた人物について、そして彼が描く絵について説明している。
そして本編では最初にカナが描いたぐちゃぐちゃの花の絵が登場。当然視聴者はここで精神疾患を連想する。
しかし、情報が明かされるにつれ、単純にそれだけではないんじゃないかという違和感が膨らんでいく。
そして実際にはおかしいのはカナではなくケントだった。
この予想が鮮やかに裏切られるのが気持ちいい。
ここで大事なのが「予想と期待」
まず冒頭の「心を病んだ人の絵」や「消えていくカナの日記」というタイトルで視聴者に「カナは精神疾患を患っている」と予想させる。
そして徐々に明らかになっていく情報により「真相は違うんじゃないか?」という期待を抱かせる。
そして答え合わせで「予想」を裏切り「期待」に応える。しかも本編で抱く様々な疑問をすべて解消する形で。
雨穴さんは一体どんな着想から膨らませていったんだろう?
予想されるのは以下だ
1,精神異常者の絵 または「奇妙なブログ」
最初に視聴者に提示される謎についてのアイデア。「ブログ形式で情報を出し、最初に絵の変遷を見せる」「視聴者にカナが精神疾患だと予想させる」→「実際はケントが精神疾患」
視聴者の予想をどう誘導し、それをどう裏切るか。
2,カレンダーをつかったメッセージのトリック
秀逸なトリック。誘拐された人間が犯人に知られず外界に助けを求めるための手段として納得ができる。これを最初に思いついたりすれば、(もしくはどこかしらで知ることができれば)この方法を元に他の要素も定まってくる。
例えば、主人公は誘拐されて逃げることも抵抗することもできない状態。でも絵を描くことはできる。
なぜかその絵をアップロードする→犯人はブログかなにかをやっている。疑いもせず絵を上げるのは恋人関係を装っているから。
主人公はトリックのために崩した絵を描かないといけない→よって精神疾患を装う などなど自然に決まってくる。
3,なにかしらの誘拐事件
今回の作品のような誘拐事件や精神疾患患者の例を観て、そこから発想をひろげていったのかもしれない。とはいえ、作中に出てくる「ジェーン失踪事件」も「エドワードサモンド」なる人物も実際には存在せず、「犯罪心理と描画テスト」なる書籍も架空ものだ。(ずいぶんと手が込んでいる)
よって実際にはなにから着想を得たのかは知る由もない。もしかしたら類似の事件が実際にあったのかもしれない。「誘拐された被害者が犯人に危害を加えられないように好意をもっているふりをする」そういう事件はありそうだ。キャラクターのリアルな行動原理を形作るために、そういう事例を元にするのは有用だろう。
改めて確認してみると、これらどれか一つからアイデアを拡げたわけではなく、これらはどれも必要な要素に思える。それぞれが合わさってこの作品が生まれたというのが実際のところかもしれない。
この3つを分類してみよう
1は情報の出し方についてのアイデア。この中では一番この記事の表題に沿っている。つまり、読者を惹きつける謎周りに大きく関わっている。どちらかといえば「構成」寄り。
2はミステリに欠かせないトリック。起承転結でいう「転」に当たる部分を担っている。本記事冒頭で紹介した記事でも言われていたが。「物語というのは転を目指す」まさにこの作品はこの転に向けて伏線が散りばめられている。
3はキャラの行動原理。「なぜそうなったか」を補強する要素。背景や設定に関わる。
この中でコアにあたるアイデアは「視聴者に提示する謎」と「転のアイデア」に当たる2つ。この2つが決まっていれば他の要素は割と自然に固まるんじゃないかと思う。
まあ一旦帰納的に結論を導き出すのはやめておこう。他の作品についても見ていった後に考えてみよう。
SCP-280-JP 縮小する時空間異常
1,「興味深い、あるいは奇妙な事件/事象」を1つ設定します。
一見は「接触したものを消失させる球体」「消失させたもの大きさ分縮小する」というだけの異常性。財団世界の人間にはそのようにしか認識できない。しかし、該当記事を通して見る我々にはそうではない。廃棄物投入プロトコルを実行するたびになぜか初期発見時の直径が大きくなっていく。これはどういうことか?この事象が読者に提示された謎だ。
2,次に、それについて「何故そうなったのか?」という背景や設定を煮詰めつつ、首謀者ふくめ周辺に必要な人を配置します。
ネタバレ注意
その実態は「接触したものを消失させる球体」ではなく、「消失させたものの大きさの分だけ元々のサイズが大きくなる」という過去改変能力を備えたSCP。
3,そして、最後に物語上において、その「何故?」を追いかけるための最もふさわしい人物を決め、その人物と事件を遭遇させて物語の謎を解かせる
読者の私たち。財団視点ではこの現象の真相には辿り着けない。しかしこちらの世界から観れば一目瞭然、“最初のSCP-280-JP”の大きさがどんどん大きくなり、仕舞いには日本を飲み込み、世界も埋め尽くした。そしてそれを起こした原因が他でもない私たちの手によるものであることも秀逸。ある種体験型コンテンツにもなっている。
最初の読者の印象としては、「ただ廃棄物を処理できる便利なscp。ただし使うほど小さくなって行ってしまう」
しかし、廃棄物投入プロトコルを実行するたびどんどん大きくなっていく。これはどういうことか。という謎を提示する。
実際には、「投入するたび縮小していく」というのは誤解で、ものを投入するたび初期発見時のサイズの認識が置き換わり、それと比較して現在は小さいので縮小したと誤解することになっている。
この仕掛けも秀逸。ものを投入するほど小さくなると思っていたら、その逆で大きくなっていく。皮肉が効いていて面白い。
これらの作品でケーススタディしてわかったのは
「興味深い、あるいは奇妙な事件/事象」=読者に提示する謎である。
そしてその謎の答えに対する予想を立てさせ、それをクライマックスで盛大に裏切ること。それがどんでん返しの作り方。
上記3つの作品で共通するのがこれだった。さらに言うと、クライマックスで明かされる真相は唐突に突きつけられるものではなく、むしろ作品のなかで少しずつほのめかされていくものだ。真相に気付くヒントは十分読者に与えられて、小さな違和感として蓄積されていく。そしてその違和感を一気に解消して答えを明かすのがクライマックスである。それが爽快感に繋がる。
読者に提示する謎はどんなものがいいかというのは難題だ。それ単体で読者を惹きつけていかなけれがいけない。真相についてもそれ一つですべてが説明つく納得感を得られるものでなくてはならない。これらの見つけ方も知る必要がある。考え続けておく。
これをミステリ以外で考えてみる。
例えば映画「ジョーカー」なら主人公アーサーの行く末。「彼はジョーカーとしてどう覚醒するのか?」
「グッド・ウィル・ハンティング」なら主人公の人格にどう変化が生じるのか?主人公の人間的問題は解決するのか?
こういったキャラクターの行く末でも十分読者の興味を惹き、先が気にならる効果を発揮する。
主人公の性質と置かれる状況を丁寧に描写し、効果的に観客の心をつかめるはず。
このようにミステリに限らずあらゆる創作物でこの法則は当てはめられる。
作品を描くうえで読者を惹きつける力に弱いと思ったらこれについてを確認してみるのもよいだろう。