ノスタルジア短編小説《Drive in Sunday 》

 見渡す空は、抜けるような青空。
 風と波の音が、遮るもののない運転席を吹き抜けてゆく。
 こんな日は、深いエンジン音と古びたカーステレオを相棒に、
 朝日が照らす海辺の道を、心ゆくまで流してゆこう。

         ***

 かれこれ5年になる真っ赤な愛車は、中古でやっと手にした憧れの車だった。小型の2シート。エコカーなんて言葉すら生まれてない時代の代物は、買い物等の普段使いには程遠い。
 それでも幼い頃、天井を外したオープンカーの姿に一目惚れし、他の車は目に入らなかったのだ。
 「いつかこんな車に乗りたい」町外れの小さな工場の社長とは、バイトの面接でそう言った自分に「お前、若いくせいい趣味してるな。いつから来れる?」と二つ返事をしてくれたのが出会いだった。運転免許の試験に合格した際、例の車を見つけてくれたのも社長だ。車好きの若者たちが、この工場に集う理由がよくわかる。
 そんな社長の以前の趣味が、自分と同じくアーケードゲームだった。世代は違うが、今の音楽ゲームの話も良く聞いてくれるので、仕事中も話題に尽きることはない。その日も、いつものようにエンジンルームに手を加えながら話を振った。

「この前の休み、S市まで遠征行ったんスよ。海沿い通って」
「仕事終わってから?」
「そっす。こっち出たの0時頃かな?道の駅で仮眠して」
「若ぇなぁ」
「天気が良かったから、夜明けの海走りたくなって。で、ついでに社長の言ってた店も覗いたら、噂の“アウトランナーズ”(1993 年)があったんで、行って大正解でした」

 社長の好きな機種の一つに、楽曲が有名な車ゲームがあった。セガのアウトラン(1986 年)。80 年代、90 年代、2000 年代と続編もリリースされており、今でも名作と謳われている大型機である。プレイ時にBGMを選べるのが特徴で、現行機に初代の主要曲が軒並み残っている点からも、その評価の高さが伺える。
 見つけたのは、そんな有名ゲームの続編の一つだった。

「マジでか?どこから筐体回ってきたんだ。アウトラン2(2003 年)ならともかく、もうすぐ30 年モノだぞ?」

 工具の音が止まり、代わりに社長の驚いた声が車体の下から響いた。

「あれスタートボタンが鍵を回す仕様がまずカッコイイし、曲選択もカーステレオ風で、筐体からマジでセンス良すぎ」
「だろう?」
「普通のレースゲームだと思っていたけど、走ってて気持ちいい感じのドライブゲームなんすね。メーター時速300km って、それたぶん“ドライブ”って言わないけど」
「わはは、ほんとそれな。・・・タイムアタックもあるけど、俺も半分曲聴くのにやってたなぁ。曲はどれが好きだ?」
「元祖の曲どれもよかったけど、オレはSplash Wave が好きかな。Magical Sound Shower も捨てがたいけど」
「そっち派か。俺はPassing Breeze 派」
「遠回りしてオープンカーで聴きながら帰ってきたけど、変な田舎で給油するハメになって。あれは失敗したなー」
「そりゃ仕方ねーな。でもドライブに合うだろう?」
「もちろん!最高っした」

 好きなゲームを褒められて嫌がる人間など、この世に存在しない。社長の嬉しそうな様子を確認して、本題に入った。

「そんで社長。今オレがやってる“ノスタルジア”に、雰囲気似てる曲があるんすよ」
「え?」
「曲選択も昔のドット画風のジャケットだし、オレ音源ってあんま詳しくないけど使ってる音も当時のに似てるし。で、実物聴いてみて、あーこれやっぱりオマージュだよなぁって」
「それ、CD出てないの?」

 その反応は予想済みだったので、ここぞとばかりに答えた。

「CDはないけどスマホで聴けるんで。昼休み聴きます?」
「おい、早く午前の仕事終わらせろよ。モタモタすんな」
「はいはい」

 相変わらずわかりやすい人だ。苦笑いして、自分も工具を動かす手を早めた。

        ***

 仕事が終わった後、いつも通りの店に立ち寄る。結局ゲーム音楽の話で終日盛り上がったこともあり、一刻も早くプレイしたい気持ちで、筐体へ向かう足取りが自然と早くなる。昨日まで日々弾いていた曲が新鮮に感じられそうな期待感に、すでに両手がリズムを刻んで踊っていた。
 台に座り、クレジットを入れ、スタートボタンを押す。その瞬間の小さな興奮は、好きな車のエンジンをかける感触に、きっと似ているのだろう。
 『楽曲を選んでください』
 指先で画面をスライドさせ、目的の曲を探した。


 外で見上げた空は、抜けるような星空。
 こんな日は、水平線が瞼に浮かぶ曲を相棒に、
 ヘッドホンから感じるエキゾーストノイズを、
 心ゆくまで弾いてゆこう。


『演奏を開始します―――‘’Drive in Sunday”』

 Fin

 ※こちらのショートストーリーは、有志によるノスタルジア合同誌企画に寄稿させていただいたものです。

#ノスタルジア合同誌 #Nostalgia_Ensemble

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