《volcanos》(ノスタルジアOp.2より)
*注意* こちらのお話には、過分にオリジナル設定が含まれております。テーマ曲はOp.2のものですが、Op.3の王子王女3人も登場人物として全力で出てきますので、原作のイメージを壊されることが不愉快な方は、恐れ入りますが読むのをお控えください(筆者はいかなる責任も取れません^^;)。パロディとして寛容にご容赦いただける方のみ、本文へお進みください。
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世継ぎとなる子には、同じ年に生まれた飛竜が相棒として与えられるのが習わしであった。三国それぞれ火・水・そして風の加護を受ける竜の子であり、王妃が世継ぎを宿した年にのみ飛竜もまた分身となる卵を産み落とす。そのため竜は世継ぎの子同様に、国の守護神として大切に扱われるのだ。
彼らの成長に伴う儀式の一つとして、三国の中心にある霊峰へ赴き、高熱の中で実ると言われる果実を採ってくるというのが、子と飛竜とで参加するはじめての公の行事であった。
本来は国に欠かせない火を奉り作物の豊作を願う祭事の一環だが、いつしかそれは民衆にとってどの飛竜と子が優れているかを賭ける一大イベントとなっていた。
生まれた時から参加することが定められていた青の国の王子には、理解ができなかった。国の繁栄のため火山より強力な力の一部を譲り受ける、そこまでは理解できる。だがなぜそれが子どもたちが競う場となり、ましてや賭け事の対象となるのか。自分の働き一つで争いごとが起きるのが、とにかく嫌だったのだ。
「わかってるんだよ、行かなきゃいけないってことくらい。でも・・・」
己の半身とも言うべき飛竜の子の首元に頭を埋めて、王子は独りごつ。飛竜は王子を慰めるように身体を摺り寄せた。
出発の時刻まで間もない。わかっているのに、それでも。
そんな弱虫の自分にも嫌気がさして、さやさやと流れる川辺に腰掛けながらもなお、少年は立ち上がることができなかった。
赤の少年は苛立たしげに手綱を引いた。飛竜は素直に動きを止めたが、違和感を覚えたのか主のほうを振り返って不思議そうな目を向けた。
これはあくまでも儀式だ。面子も多少はあろうが、ほぼ余興でしかない子どもたちのレース一つで、国の政が何か変わろうはずもない。
それでも、いやだからこそ、このような大きな行事はまたとない機会なのだ。少年を一日も早く一人前と認めさせ、国の跡取りとして相応しいと、誰よりも玉座に在るその人に知らしめるための。
―――きみが、さいしょのともだちだから
始めて出会った時から、あの細身の少年は何も変わっちゃいない。いつも寂しそうに、弱弱しく、泣きそうな音ばかり奏でている。
そんなよわきじゃあ、おまえのくにはなくなっちゃうぞ
どうして。だれともけんかしなくても、なくなっちゃうの?
せかいの人とだれともけんかしないなんて、わかるわけないだろ
たとえば、おれとか
無防備な態度に苛々して、挑発めいた言葉が思わず口をついて出る。
きみはへいきだよ?
・・・なんでだよ
―――きみは、さいしょのともだちだから
そう言う青の少年の目は竜の大きな瞳と同じ輝きをしていて、次の言葉を失った、今よりもさらに幼かった日・・・。
「行かないの?」
唐突に降ってきた声に驚いて頭上を仰ぎ見ると、隣国の王女が呆れたように少年を見下ろしている。
「早く呼んでらっしゃいよ。これじゃ始めらんないじゃない」
肩をすくめて、当たり前のように告げた。
「どうせ放っておけないんでしょ?」
ふふんと笑う小生意気な王女は、いつもいつも青の王子より何百倍も鼻につく。見透かされたそれが何も間違っていないから、なおさら。
「レースで決着つけるからな! ぬけがけすんなよ!」
「わかってるってば。だから早く呼んできてって言ってるじゃない」
舌打ちしながら竜を操って飛んで行く少年の後ろ姿に、少女が「いってらっしゃーい」とひらひら手を振った。
「見つけたぞ」
「あ、殿下・・・」
少年のいそうな場所など、考えたらすぐにわかった。大人たちが徒歩で来れそうにない、そして少年と飛竜にとって居心地の良い水辺のあるところ。上空から川を見下ろしていけば案の定、小さな影がさらに小さく蹲っている姿を見つけた。その背中から彼の好きな物悲しいピアノの旋律が聴こえてきそうなほど、殻に閉じこもっているのがありありとしている。
「ほら、行くぞ」
「いやだよ。ぼくがいないほうが君にとっても都合がいいじゃないか」
出会った頃と変わらず、負けることを何とも思っていない。それよりもこのレースに出たくない、らしくないほど駄々をこねる相手に、何もかも正反対の少年は時間が迫っている焦りも手伝って大声で怒鳴った。
「お前がいないと始まらないんだよ! おれが勝つけど! でも! お前がいなくて勝っても何も意味ないんだよ!!!」
赤の王子は知っている。年に数度しか会う機会のない、同じさだめを背負った幼馴染に会うたびに強く感じる、この少年の潜在能力を。
怯える瞳の奥に、彼の及ばない知性がある。
緩やかに型を決める太刀筋に、隠しきれない鍛錬と桁違いの集中力が見える。
それを強さとして表に出すことを由としない性格が、少年をただの臆病者と偽るだけで。
「お前と飛びたいんだ。おれの唯一のダチがいないと、全力で飛べないんだよ!」
その叫びを聞いた眼下の少年は、弾かれたように頭上を見上げた。
「・・・飛べない?」
「そうだよ。お前がいないと、おれが本当に一番だって言えないだろ?」
「それもそうだね? あれ?」
頭上の幼馴染を仰ぎながら、青の王子は首を傾げた。争いたくなかったから譲ろうと思っていたのに、自分がいないと一番になれないと、この苛烈な王子は言う。なぜ意見が噛み合わないのか、なぜ形だけの儀式を自分は頑なに拒んでいるのか、考えるほどにわからなくなっていく。だが。
―――おれの唯一のダチがいないと
飛ぶ理由は、もうそれでいい気がした。
「わかった、今行くよ」
見上げてそう告げた少年の思いがけない満面の笑みに、赤の王子は面食らって思わずぶっきらぼうに言った。
「時間ないんだから、早くしろよ」
「わかったってば」
「勘違いするなよ。おれはお前をぶっ倒すために呼びに来たんだからな」
「だからわかったってば」
肩を並べた少年たちは憎まれ口と苦笑を交わしつつ、もう一人の幼馴染のいる舞台へと舞い戻っていった。
角笛が高らかに吹き鳴らされる合図とともに、三匹は一斉に高く跳び上がった。出だしは風を味方につけられる黄の国の王女が、頭一つ抜き出た。赤の王子、青の王子も負けじとそれに食らいつく。充分な高度になって水平飛行に入ると、竜たちは力強く羽ばたいて速度がぐんと増した。
「お前が負けるわけねーよな?」
赤の王子が不敵に笑って分身にそう語りかけると、頭を低く構えて首へしがみつく。主を背負っているので万が一振り落とさないように安全を保ちつつ飛んでいた飛竜が、首を下げて待ってましたとばかりに目を輝かせた。
「うそっ!?」
快調に飛んで油断していたその脇を、想定外の速さで飛び去ってゆく赤の飛竜に動揺した少女は、あわてて手綱を短く握りなおして高速飛行の体勢に入るが、姿勢を整えている隙にもう一匹の竜も追い抜いていくのが視界の端に見えた。赤の王子より身体半分後方に構えていた少年は、相手が体勢を整えた意図を把握して即座に反応していたのだ。
「じょ、冗談じゃないわよっ!」
今度は王女が最後尾につくと、三匹の飛竜は風を切り裂いて飛んで行く。鳥たちを追い散らして、はるか彼方にそびえる天高き火山を目指して。
どのくらい飛んでいたのだろう。霊峰がその姿を三人の前に表すと、周囲に熱気が急に渦巻いてきた。その火山はもう数百年、あるいは数千年もの間活動を続けていると言われており、その山頂からは噴煙や溶岩がひっきりなしに流れ出ている。その全容が目視できそうな距離まで近づくと、熱気はさらに増した。赤の王子の飛竜は火の加護のおかげでけろりとしているが、青の国や黄の国の飛竜は口元から荒い息を幾度となく吐き、自らと主の身体をどうにか護ろうとする。
「よく見えないね。どこだろう」
山の頂に、目的となりそうなものは見当たらなかった。ここまで競って飛んできたのだが、結局のところ三人は一か所に集まり、その恐ろしいまでに雄大な姿をな眺めながら話しはじめた。山肌には黒い煙が全体的に立ち込めており、視界がひどく悪い。
「二人ともちょっとどいて」
王女と飛竜が二人の前に出ると、飛竜が大きく息を吸い込んだ。王女の見えない力も加わり、咆哮と共に火山をも圧倒する風が飛竜から放たれると、王子二人は飛ばされないよう飛竜にしがみつく。
やがて少年たちが見たものは、強風によって振り払われた黒いカーテンの向こう側。頂から少し降りた山肌にほのかに輝く神聖な光と、そこに佇む一本の大樹だった。
「降りられそう?」
「ちょっと難しいかもな・・・」
視界が晴れたので大樹の近くへ近寄ってみて、三人は一様に驚いた。その根は、形が定まらない溶岩そのものに生えている。にも関わらず、その枝には青青と葉が茂っていた。とても信じがたい光景だが、それでも大樹は信じられない生命力を輝き放っており、子どもたちは命の危険にさらされていながらもなお心を奪われて、その光景を目に焼き付けていた。
生い茂るその奥に、ひときわ輝く何かが見えた。果実とは認識できないほど光を放っており、目的の物なのは聞かれずとも明らかだった。それはあまりにも多くの枝葉に囲まれており、飛竜に乗ったままでは近づくことができない。高さはなさそうなので、地上から手を伸ばせば届きそうである。
降り立つことができれば、の話だが。
「ねぇ」
強気な二人が頭を悩ます中、唐突に青の王子が竜に向かって呼びかけた。
「君なら、ここ、どうにかできないかな? ぼくも手伝うよ」
決して無理強いするわけはなく、少年はただ願いを伝える。竜は「ギャ」と軽く返事をしたかと思ったら、青の王子は「ありがと」と言って頭を愛おし気に撫で、その手に祈りを込めた。竜と子の姿が青く、白くぼんやりと揺らめきだす。残る二人はこれから起こる何かを察し、飛竜の口元に凝ってゆく力と大樹から距離を取った。「お願い」「頼むぞ!」叫んだ声に、いつも静かな少年が、わずかに、だが力強く頷くのが見えた。
高嶺に響く咆哮に少し遅れて、冷たい空気が頬を撫でた。すべてを出し尽くすようにそれは長く轟き、余韻が収まった時、控えていた二人が見たものは、あたりを覆いつくす溶岩が一面青白い氷に覆われている光景だった。「すごい・・・」王女が茫然と呟く。
青の少年は二人のところへ戻ってくると、「できたよ」と軽く言った。顔色は血の気を失っているが、役目が果たせて嬉しかったのかその表情は穏やかだ。竜も力を出し尽くしたようで、ふらふらになりながら空に飛んでいるのもやっとという様子である。少年は息を落ち着かせる間もなく、赤の王子に言った。
「あとは、お願いして、いい? 長くは、もたないと思う・・・」
「! すぐ戻る!!!」
~エピローグ~
広間は大歓声に包まれた。この祭りの始まりに勢いよく飛び立っていった子どもたちが、揃って戻ってきたのだ。時々互いの位置を変えるように交差している。先を競っているのではなく、子猫たちが戯れるかのように楽し気に飛んでいるのだ。赤の王子の手にある、白く、そしてすべての色に染まる輝きが彼らを分け隔てなく照らしているのが、遠目にもはっきりとわかる。
王たちは観衆と同じように手を打ち鳴らしながら、肩をすくめて言う。
「どうやら喧嘩せずにすんだようじゃな」
「さようで。事前に伝えてはならぬとはいえ、あの子らの性格だと誠に不安でございました」
「わらわたちの先代も、同じように思っていたであろうな」
女王の言葉に、王たちのみならずその伴侶や側近らにも苦笑がよぎった。
そう。これは『三人と竜たちがそろって』初めて成し遂げられる儀式であることを、王家の子はこの時に初めて知るのだ。この日まで子どもたちに決して明かさないこともまた、代々の習わしであった。大陸の均衡を守る、本当に必要な光を得るために。
飛竜が群衆の中心に降下すると、ひときわ大きい歓声が、遠い霊峰へと届かんばかりにあたりを埋め尽くした。子らは手を取り合って地上へ降り立ち、安堵したように互いの顔を見つめ頷くと、彼らを繋ぐ宝玉を三人で掲げたのだった。
fin