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元気になったらしたい事5

車に乗りたい


まともに座る事の出来ない僕は、車に乗る事も出来ない。

これには2つの意味がある。一つは運転出来ないという意味。そしてもう一つは、助手席や後部座席に座って、誰かに乗せてもらう事も出来ないという意味。

座れないという事は、当然運転なんて出来ない。身体を壊してすぐの時は無理やり乗っていたけど、その間常に痛みが伴っているし、もし事故などを起こして、他の人に迷惑をかけたりしたら取り返しのつかない事になるのでやめた。

僕の身体は、動かそうと思えば動かす事は出来るし、足や手が欠けているわけではない。ただ、無理をしている間は、気が遠くなるほどの痛みに耐える必要があるし、無理をすればするだけ後々何倍もの痛みになって返ってくる。それはとても生きていけるような痛みじゃない。

だからといって、全ての事において無理をしないようにしてしまうと、それこそ寝たきり生活になってしまう。どこまでの痛みなら耐える事が出来るか、受け入れる事が出来るか…常にそれと相談しながら動く必要がある。

車の運転は、そうやって相談した結果、自分の生活から手放したものの中のひとつ。まぁ、一つひとつそれと相談していった結果、“生活”に残したものは今となってはあまり残っていないんだけどね。

という事で、“車に乗る”のもう一つの意味、“誰かに乗せてもらう“事も今は断念しているんだ。

この説明が本当に難しい。“出来る”って一体なんなんだろう?

今ここでそれについて書いてしまうと、ごちゃごちゃになってしまうだけなので、それはまたいつか気が向いたら書こうと思う。ただひとつだけわかって欲しい事は、僕は一生懸命試行錯誤しながら生きているんだという事。

まぁ、“誰かに乗せてもらう”事に関しては、“誰かに乗せてもらわなくても生活出来る”ように確立出来たから手放しただけで、もしそれが出来ない状況であれば、なんらかの工夫をして乗せてもらっていたと思う。僕の体力と気力が持っていたかどうかは分からないけど。

今の僕の生活は、そんなあやふやな、常に綱渡り状態の連続によって無理矢理成り立っているように見えているだけなんだ。

昔は車に乗ってよく遊びに行ってた。僕が住んでいたところは都会ではなかったので、移動手段はほとんど車だった。

そういうのもあって、学生の頃の友達との遊びは車と共にあったと言っても過言ではない。

旅行や、季節ごとのイベント、それ以外の日常でも色々なところに遊びに行ったし、移動手段として使うだけでなく、暇さえあればみんなで集まって車の中で夜通し喋ってた。

何もする事がない時は、取り敢えずマクドナルドにポテトだけ買いに行って、そのあと意味なくドライブしてたな。

友達の友達の、ほとんど喋った事のない女の子に、いきなり誘われて夜にドライブする事になった時は、なんか妙にドキドキしたのを覚えている。(ウブだったんだ。ふふ)

彼女が出来てはじめて遊びに行く事になった時は、友達に相談して夜景スポットの下見に一緒に行ってもらったりもしたなぁ。

僕は極度の方向音痴だから、“車の運転“との相性はとことん悪いんだよね。だから事あるごとに友達に助けてもらいながら色々覚えていった。

「友達と一緒に下見に行ったとかいちいち言わんでいいで」とか釘をさされていたけど、結局ポロッと言ってしまったりして、結局あんまりカッコつける事が出来なかったな。

そうそう、友達に告白をしに、高速に乗って女子大まで行った事もあったな。(文字にするとちょっと危ないな)方向音痴の僕にとっては“はじめてのおつかい”並の思い切った行動だった。(今度また書こうかな)

あの時は、その日その日が当たり前で、日常に意味なんか求めていなくて…「なんか面白い事ないかなぁ」って言い合いながらだらだら過ごしていた日々だったけど、今となっては大切で必要不可欠な思い出。

車をはじめて買った時は、自分の部屋がひとつ増えたような感覚で、すごく嬉しくて、“これからずっと大事にしよう”って思ったのを覚えている。

そのあと、その車を通して色々な人に出会って、その人達がまた他の人を呼んで…どんどん自分の世界が広がっていくのを感じた。それは移動範囲が広がる事以上に僕にとって宝物だった。

僕の周りの世界。小さいかもしれないけど、確かにそこにはあって、これからもずっと当然のように存在するものと思ってた。

ほんと楽しかったなぁ。

別にあの日に戻りたいとは思ってないよ。そう思う必要のないくらい、今を一生懸命生きているつもりだし、身体を壊してからの日々にだって宝物はきっとある。

でも、身体を壊す前にあんな経験が出来て本当によかった。

もし元気になってまた車に乗れる日が来たとしたら、思い出巡りでもしよう。


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