詩誌「光」白島 真
水蜜桃の坂
白島 真
ぼくたちが白昼の遊星だったとき 一番星のあなたは最後尾で明滅する大地を抱きしめていたね 冬の扉をこじあけてみれば いつも冷たいゆびが頬を撫で 生まれた人、死んだ人を数えていた
白い封筒は何も書かれていないので 却って眠りの中の神話の輪郭をはっきりさせていた
あなたのしろいゆびが封筒を撫でる あなたは逡巡している
あなたは逡巡している ふかく ふかく
水と緑 故郷を土足で踏み躙ることに長けた近代の首長たちが白地図を広げている
星が生まれ消滅するあいだに
ぼくはネクタイをし
少しばかり小言を残して玄関を飛び出す
星が生まれ消滅するあいだに
ぼくは下り坂を登る
路地を右に折れ交差点を渡る
花の名前を知る前に
花の季節がおわる
水蜜桃の坂をころげ落ちてぼくたちは生まれたんだったね。星が瞬くんじゃなく、あなたが瞬くから星は明滅する 思わぬ気障なことを口走ったら、あなたは笑うどころか真剣な眼差しでこう言った。「私は星の隕石の生まれ変わりなの」
こころに隕石が落ちてくる
その焼け焦げた匂いがすきだった
こころに隕石が落ちてくる
生誕は記憶の隕石を燃やして
ほそい産道を通り抜けてくる
通り抜けてくる
花の名前を忘れて
通り抜けてくる
白い封筒を千切るあの切ない刹那
通り抜けてくる
行きも帰りも下り坂のあの地点
もうここらで立ち止まるのはやめておこう 孤独の正体、それは一匹の片足の猫だ うちひしがれた天体の重量だ 屋上から落ちてくる裏表紙の予定表だ 何ごとも起こる前には調和できない バック・トゥ・ザ・フューチャー 世界中の時計台は過敏症だ
過敏症の坂を登る
最後尾を飾る星は年の瀬の祝福に似ている
過敏症の坂を登る
見知らぬ花の名をあなたの名にかえて
過敏症の坂を登り続ける
逡巡を越えてなお登り続ける
白島 真
1950年 京都生まれ、 東京育ち、 転勤で長野、札幌を経て 現在岐阜市在住。詩誌『 時刻表』『楽詩』『OUTSIDER』
詩集『死水晶』(七月堂)