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夜中の男性客(閲覧ご注意)

こんにちは。

いや、こんばんはの方がふさわしいかな

春山羊です

いつも読んでくれてどうもありがとう

このまえの予告通り、300回目を記念して怖い話をいたします

「記念なのに怖い話?」

はい、左様でございます、深い意味などございません

ですが注意事項がございます。怖い話が苦手な方、高血圧の方、心臓の弱い方、妊娠中の方、ご高齢の方、美容室にお勤めの方、身長が102cmに満たない方は、ここで「スキ」だけ押して、ホームボタンで引き返してください

後々の責任は負いかねます

「ハルヤギのせいで美容室に行けなくなった」などと言われても困りますからねぇ…

なんせ・・ノンフィクションなものですから。

え?
ノンフィクションとフィクションがいまだにわからなくなるって?

「ノンが現実」って覚えておくといいよ



さて、これからするお話は、僕が以前勤めていた美容室の同僚(女性)が、実際に体験をしたものです。

臨場感を出すために同僚(女性)を『僕』に置き換えてお伝えしますが、僕も3年間働いた職場での出来事ですので、まるで体験したかのように、ありありとイメージできてしまいます。

僕にとって唯一の救いは、僕がその美容室を辞める時に彼女が話してくれたという事です。

前置きが長くなりましたが、

本編へとお進みください・・

フフフ・・





[始]


-夜中の男性客-


その日の営業は、木曜日のわりに忙しかった。


昼飯もタイミングが悪く、最後のお客さんが押したにも関わらず、営業終了後に食べるはめになった。

まぁそんな事はザラだったが、アシスタントが2人も休んでしまったため、今日の練習会は僕1人でやらなければならない。

いつもは一緒に残って教えてくれる先輩も、今日に限ってはどうしても行かなきゃならない用事があるとかで、帰ってしまった。


・・疲れているし、どうにも気が乗らない。

バックれてしまっても怒られる事はないが、カットの試験日が迫っていた。

かなりお腹が空いていたにもかかわらず、昼用の弁当はあまり美味しくない、インスタントコーヒーでも飲もうとしたが、ちょうど切れていた。


ふと時計を見ればもう夜9時半、

(まずい、ゆっくり食べ過ぎた。さっさと始めないと。次の課題はグラデーションカット、簡単そうで難しいからなぁ)

そう考えながら、準備を始めた。


学校や保育園、人がよく集まる公園など、昼間賑やかな場所ほど夜になれば寂しくなる。誰もいない店内は閑散と静まりかえり、ドタバタしていた日中の様子が急に恋しくなった。

練習用のウィッグは、だいたいどこの店でも置き場所に困り、バックヤードの棚の上などにもズラリと並べている場合が多い。

ウチの店でも背伸びをしてギリギリ届くくらいの棚に、所狭しと置いてある。

美容師以外がその様子を見れば、一瞬ギョッとするはずだ。


その中で1体だけこちらを向いているウィッグがあった。


「チッ、誰のだよ」

普段なら気にも留めないが、気を紛らわすために小さく声を出した。


見慣れているはずのウィッグたちもこの日ばかりは少々薄気味悪い。

こちらを向いているウィッグをむこうに向けてグラデーションカットの練習に適した自分のウィッグを見つけて下ろした。

万力(まんりき)と呼ばれる道具を使い、ウィッグをワゴンの上に固定する。練習用のハサミを用意し、僕は試験の課題が書いてある用紙に視線を落とし、集中した。


・・その時


「ドンッ!!ゴトゴトゴト・・」


バックヤードで大きな音がした。

僕はびっくりして一瞬身動きが取れない。

だが以前にも同じ音を聞いたのを、すぐに思い出した。

ウィッグが崩れ落ちる音だ。

どうやらさっきの気に食わないウィッグを適当に置きすぎた、(明日でもいいや)と思い、僕はあえて直しに行かなかった。


びっくりしたついでに店の外に目をやる、間口の狭い奥行きのある美容室を、居酒屋帰りの通行人や、小走りに通り過ぎる女性、不釣り合いに見えるカップルなど、足を止めないまでもこちらをチラリと覗いて行く。

いつもなら目障りに感じるその通行人も、今日は気にならない。何なら足を止めてしばらく覗いてくれてもいいぐらいだ。


さてと練習、中年の男と若い女の妙なカップルの様子に気を取られ、仕切り直しをすることができた。


ウィッグを濡らし、カットを始める


チャッ チャッ チャッ・・


練習用の安いハサミでウィッグを切るとき、金属の甲高い音がする。


チャッ チャッ チャッ・・


お客さんを施術する時と同様に椅子をどかし、鏡の前で姿勢、左右の長さをチェックしながらまばたきひとつしないウィッグの髪をカットする。


チャッ チャッ チャッ・・


当たり前だけどウィッグの髪は伸びない、反復練習をするために1.5センチずつ、同じ髪型を何度も切ってゆく。


チャッ チャッ チャッ・・

チャッ チャッ チャッ・・



「プルルルルル…!」


またしても突然の音が静寂と集中を遮った

手元のタイマーを止めて電話に出る


「はい、美容室〇〇です」


「すみません遅くに、さっき車でお店の前を通ったら電気がついていたもので…予約いいですか?」


お客さんからの予約の電話だ

なんとなく印象に残る、か細い声の人だった。

(家だったら出ない、こんな時間に勘弁して)

そうつぶやいたあと深呼吸をし、再びタイマーを作動させた。


チャッ チャッ チャッ・・

チャッ チャッ チャッ・・


ハサミの音が一定のリズムで鳴り響く…


集中しているとはいえ、崩れ落ちたウィッグを片付けなければならないのと、さっきの"か細い声"がどことなく気になる、一瞬の隙をついて余計なことが思い浮かんだ。

このウィッグの生気の無い髪の毛は、どこのだれのものだったのか…
黒髪ストレートだからアジアのどこかだろう…


そして今もその人は・・・生きているのか?


僕はそんな馬鹿なことを考えながらハサミを動かした。


チャッ チャッ チャッ・・

チャッ チャッ チャッ・・


かすかな息苦しさを感じながら、練習を淡々と続けた。


さあ、髪も短くなってきたし、あと一回切ったら終わりにしよう。

時計を見てから、店の外に目をやる


11時15分。


道路の向こう側を歩いている人が、ひとりだけ見えた。明かりのついている店もここだけだろう。

・・なんとなく12時まで残るのは、イヤだった。

ラスト1回、試験当日のつもりでタイマーをセットし、再びカットをはじめる。


チャッ・・チャ チャ

チャッ・・チャ チャ


ハサミのリズムが、変わった。

無意識の仕業だったが、自分で動かしてるには間違いない。


チャッ・・チャ チャ


髪を切り慣れているイメージを感じるリズムだ。


ところが、誰も見ていないのにカッコつけたせいか、試験を意識したからか、さっきのいくつかの事が気になったのか。

左右のグラデーションの角度が合っていない

鏡を正面にみてウィッグの真後ろに立ち、両サイドの髪を指先でつまんで何度も確かめる。

短い方の髪に合わせて切っては、何度も確かめる。

鏡をじっくり見ながら、左右の違いを確認する。


鏡をじっくり見つめる・・


カガミ・・



気のせいだと思いたい

気のせいであってくれ


僕は視線を感じた。


店の外ではない

右隣りの鏡の中

誰かの視線を感じる。


見てはいけない

見たら終わる。


けど強い耳鳴りがそれを許さなかった

僕の眼球は右に傾いた。




背筋が、凍った。


鏡に映っている右斜め後ろの席に

…男が座っている。


おそらくこちらを向いている

いや絶対にこちらを見ている

目は合わせられない


足元を見るだけで確信できる


…招かれざる客。



僕は自分の体が動くことを確かめるのと同時に、ぐるりとその椅子を見た。

男性はいない。

鏡に映っていた席には誰も座っていない。

かと言ってもう一度鏡を見る勇気なんてない。

身の毛もよだつ怖さのなか、練習どころではなくなった。そのまま店を飛び出したいが、戸締りをしないわけにもいかない。


鏡だらけの店の中で、鏡を見ずに歩くのは薄目で歩くしか無い、バックヤードに急いで荷物を取りに行く。


「ガタッ」

何かを蹴飛ばした


ウィッグだ。


床に転がったウィッグが、効果的に僕のジャマをする


受付にある照明のスイッチも全部切らなければいけない、そう思った瞬間に再び耳鳴りがした。


(やめてくれっ!!)


もう1秒たりとも居られない

一気に照明を消し、逃げるように外に出た

息を止めながら入り口の鍵を閉め、足早に店をあとにした。

駐車場に止めてある車に乗りこんだ時、耳鳴りがやんだ…

翌日、本当は休みをもらいたかったが、僕は少し遅れて出勤した。

やりっぱなしで帰った事を店長に注意されたが、前日あった事は店長にも、オーナーにも、他のスタッフにも話さずにいた。

ただ、お店を辞めていく人にだけ、こっそりと話すことにした。


僕はあの日から、あの男性が座っていた席には、なるべくお客さんを通さないようになった。まだ座っているかも知れないと思うと、なんだか気が引けてならない。


その席を鏡越しに見ることもできなかった…


そういえば後から気づいたことなんだけど、あの夜電話をくれた"か細い声"のお客さんは、最初、どういうわけか半年ぐらい前の日時の予約を取りたがっていた。

いたずら?それとも酔っているのかなぁとも思ったけど…
結局、1週間後の空いてる日時に予約を入れさせてもらった。


けどその予約の日、店には訪れなかった。


電話の着信履歴もなぜか、消えていた


か細い声の人が女性だったのか

それとも男性だったのか

どうしてもそれだけが思い出せない・・





チャッ・・チャ チャ・・

・・

僕はこのリズムが嫌いだ




[終]







〈画像はイメージです〉


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読んで下さいましてありがとうございました。サポート頂けましたら幸いですm(._.)m