終戦の日に想う

永沢弘さんとの出会いは
20年ほど前の新幹線の中
いつもは自由席で大学のあった岡山に帰るのに
その日はお正月すぎで、自由席が取れないだろう・・・
と、指定をたまたまとった時だった。

お隣に座った初老の男性から
ポットに入ったコーヒーをご馳走になった。
その男性は四国の戦友会に出席されるとのこと
道中退屈されていたに違いない
年齢にすると50ほどひらきのあるその方が
生涯忘れえぬ友人になった

永沢さんは戦後小学校の教師をされて
定年退職後は全国各地の戦友会を駆け回り
年に一回は南方の島で戦友の遺品を
回収するために出かける・・・
日常は奥様と英語・テニスや俳句を楽しまれるという
矍鑠としたちゃきちゃきの江戸っ子
私のことも
「年若な彼女ができた」
・・・と、それ以来私のことを詠みこんだ俳句が載った会誌が送られてきたり
戦友会で私の住んでいる場所に近いところにくると
必ず連絡があり、名所や靖国神社をご案内した。

一年に一回南方に行かれたあとには必ずお手紙とお土産を
送ってくださり
「戦後こんなに時間がたつのに、未だ日本軍の靴、戦闘機の残骸
 そういうものが見つかるんです。
 去年は親しい戦友の遺品を見つけたときには
 ああ、僕を呼んでいたんだ・・・と涙が出た」
と書いてあった。

ある日のこと
永沢さんから一冊の本が送られてきた
「海軍よもやまばなし」
その中に永沢さんの俳句も載っているので
是非読んでくれ・・・とのことだった。

その本の最後に
戦争に行かれた人へのアンケートが載っていて
「あなたにとって戦争とは何か」
との問いに
「良くも悪くも自分の青春の日々」
との答えがあり
戦争という日々を、青春の中すごした方たちの
言葉の重さに胸うたれた

「今の若者にいいたいこと」
の問いには
「今の若者は今の若者で自分の時間を楽しめばよい
 ただ、命を懸けてこの国を守ろうとした人たちが過去にいたことを
 忘れて欲しくない」

その後、リハビリの職場に入り
戦争経験者と相対するときには
いつもこの言葉を胸にお話をしていた。

戦争を美化することも
「悲惨だから」と目を覆うことも
私の中にはない
ただ、現実あったこととして
体験者の方たちの言葉だけが
私の中に生きている
そして戦争でなくなられた方々への
素直な感謝の気持ちがある

永沢さんは
10年ほど前に
南方でなくなった
戦友の元にいかれた

一風変わった友情だったかもしれない
ただ、かけがいのない出会いだったと思う

お盆になり
終戦記念日が近づき
靖国参拝問題が世間でかしましく伝えられる

永沢さんのことを
そして南方に散った永沢さんの戦友を思い
感謝をこめて手を合わす・・・・

http://blog.livedoor.jp/chibitachi_osanpo/archives/224683.html


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