論文5分解説: 大過去 -(았/었)었-
今回は韓国語のいわゆる大過去、形的には過去の -았/었- を二つ続けたような -(았/었)었- について書いた論文を簡単に紹介します。
論文情報は以下のとおりです。
この論文は、以下の修士論文を元に書かれています。
修士論文では会話文と小説の地の文の両方を対象にしたのですが、量が多すぎるため、投稿論文にするときは会話文のみに絞りました。小説の地の文というのは基本的には過去形で書かれるため、そのような中でいつ大過去が使われるかというのがポイントになります。
この論文はわたしが初めて書いた投稿論文で、今見るとかなり拙いものです。ですが、1500例ほど用例を観察したぶん、大過去 -(았/었)었- の用法にかんしてはそれなりに得るものがあるのではないかと思います。以下、簡単にその用法を紹介します。
① 現在結果が残っていない場合
過去になにか出来事が起こって、その結果が現在には残っていないことを表す用法です。他の用法と比べると -(았/었)었- の使用がほぼ必須であると言えます。
例えば "전화 왔어요" と言うと、電話がかかってきて、今もかかってきている状態だということになりますが、(1) のように "전화 왔었어요" と言うと、もう電話がかかってきたという結果は現在残っていないということが表されるわけです。
② 現在はそう思っていない場合
上の①と似ていますが、생각하다(考える)とか 기대하다(期待する)、걱정하다(心配する)のような思考にかかわる動詞とともに用いられて、「過去にはそう思っていたけど、今は思っていない」ということを表す用法です。
下の例では、"걱정했었어요" と大過去形で言うことで、もう今は心配していないということが暗に示されています。
③ 気づきを表す場合
今度は「そうとは思っていたけど、実はそうだったのか」という気づきを表す用法です。
(3) の場合、文末に '-구나' があるのだからもちろん気づきだろう、とも考えられると思いますが、"묻었구나" と言ってもいいところをあえて "묻었었구나" と言うのは、「付いているとは思っていなかったけど」というニュアンスを付加させるためではないかと考えています。
④ 過去の事実を表す場合
動作というよりも、過去の事実を表す場合で、一番ラベリングに困った用法です。論文では「前提」としたのですが、わかりにくいので変えました。一番分類に困った用法なのですが、それまでの研究であまり触れられていなかった、重要な用法だと思っています。
次の例から考えてみましょう。(4) は過去のある時点で運動をし、その結果汗だくなのだろうということで、単に動作をしたかを尋ねている場合です。現在とのつながりが見えると思います。一方、(5) は過去に運動したかしていないかを尋ねたいというよりも、過去に運動をし、鍛えていたかという事実を尋ねたい文なのだと考えられます。現在とのつながりが弱く、推論を働かせています。
実際の例としては次のような例があります。この例でも過去に出前をたのむという動作をしたかよりも、そのような事実があったということを述べていると考えられます。前の発言 "우리 식량이지." に対する補足説明のように機能しています。
⑤ 反復、習慣を表す場合
最後は、過去に繰り返されていた習慣などを表す用法です。今はもうしていない、ということで現在とつながりがないことがわかるでしょう。
(7) の場合、늘(いつも)や -곤 하다(習慣的に〜する)があるために習慣を表していると解釈できるのですが、特に小説の地の文で -곤 했었다 という使われ方が目立っていたので、この用法も分類しています。
論文ではこれら①から⑤の用法を総合して -(았/었)었- の意味を一つに規定しようとしているのですが、正直うまくいっている気もしないので割愛します。
まだ論文化できていない地の文における -(았/었)었- の用法もいつかまとめられればいいなと思っています。
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