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審査員賞 白賞受賞句
いよいよ、宇宙杯もフィナーレを迎える。
今回も審査員として参加させていただき、このように審査員賞を発表できるのは望外の喜びだ。
さっそく白賞受賞句を発表していこう。
水湧いて水湧いて鱒集いけり
【鑑賞】
鱒は晩春の季語。ヤマメやニジマスなどがそれにあたる。
俺自身は釣りに疎いが、昔『釣りキチ三平』という矢口高雄さんの漫画でよく目にした魚である。河川の上流の岩場でウヒョーとか言って三平が釣り上げているのを思い出す。
春になると雪解け水であろうか、地下水が湧水となって溢れ出る。川の源流となるところからは、まさに汲めども尽きぬ、渾渾と湧き出でる水が見られることだろうが、そこに鱒が集っている景を詠んだのがこの御句。
俺は、霧島山麓の水が日に六万トンも湧き出でる町、湧水町に住んでいたことがあるが、そこに丸池というスポットがある。
町の中にあるのでよく足を運んだものだが、ここの水の透明度、水深が1メートル以上あるのになお水面が盛り上がるほどに溢れ出る水、その清涼さ、冷たさ、美しさを今も鮮明に思い出す。
水湧いて水湧いてというリフレインが持つ映像はまさにこの湧水であった。
源流近くの川底から水がとめどなく湧き出で、そこに鱒が集っている。
透明感、生命の輝き、清涼な空気と水、そういったものが御句から湧水のように溢れ出ている、そんなふうに感じられた句だった。お見事。
行く春や褪せた髪結うロシア兵
【鑑賞】
俳句は、時事を述べるのは不得手な文芸だ。が、できぬわけではない。この句の背景に昨今の国際情勢が濃く反映されているのは間違いないだろうし、読者もそう読み取るだろう。
季語は行く春。春が終わっていくことを名残惜しむ、過ぎていく春に気持ちを残した季語だ。まずこの季語の選択が非常に良かった。
春は、厳しい寒さを終えて迎える季節。夏でも溶けない永久凍土をその国土に抱えているロシアのような寒い地域では、その喜びも一入だろう。
また、春は例えば「この世の春」というように、最も良い時期としてイメージされる季節でもある。
今、まさに世界の多くの国が戦争と無縁でいられた「春」が過ぎ去ろうとしているのかもしれないし、すでにその渦中にある国々にとっては、なおさら過ぎ去ってしまった平穏な日々を偲ぶ気持ちは強いはずだ。
口語体の句での切れ字「や」は是非を問う向きもあろうから、「よ」とすれば整うか。
中七下五 「褪せた髪結うロシア兵」性別は明らかにされていないから、あるいは長髪の男性であるかもしれないが、私は褪せた髪色の女性の兵士を思い浮かべた。
戦地を見つめるその眼差しは何を見ているのか。無造作にまとめられた髪は何日も手入れされることなく汗と埃に塗れ色褪せている。そのロシア兵もまた心から戦いを望んでいるわけではないのだ。
一枚の戦場写真のように心を打つ一句だった。お見事。
桃の酒自分が甘い人のやう
【鑑賞】
季語は「桃の酒」
果実の桃のイメージや、今はピーチフィズっていう桃のリキュールを使った甘いお酒もあるから何となく桃の酒と「甘い」が近すぎる気もするだろうが、本来桃の酒というのは、桃の花を浮かべた酒で特段甘いわけでもない。
桃というのは邪気を払う力を持つとされるので、病を祓ってくれるものとして桃の節句に飲まれたもののようである。
だから、これは取り合わせとして読むのが良い。
日ごろ自他共に認める厳しさを持つ人物が恋をして、自分でも思ってもみなかった言動をとってしまう「甘い自分」に気づき、そのことを恥ずかしく思いつつも、そんな自分も悪くないと思っている。
そんな姿を大胆に思い描いてみたが、いかがだろうか。
「桃の酒」という季語は、百病を取り除くという本来の意味からも分かるように陽の気に満ちた明るい季語である。そこに淡い桃色の視覚的イメージや、桃の香りの嗅覚的イメージも添えられて、なんとも楽しい気分になる。
自分がまるで甘い人になったようだと独りごちる、いかつい男性を想像すると、ついこちらもニヤリと笑いたくなってしまう。そんな一句として詠んだ。これは旧仮名遣い「やう」の効果であろうか。お見事。
なお、全体を旧仮名で統一するとすれば「桃の酒自分が甘ひ人のやう」と書く。(多分ね😏)
娘らが日向に並べた蝶の羽
【鑑賞】
季語は蝶。まさに春といったイメージの季語で、他の季節の蝶はそれぞれ、夏の蝶、秋の蝶などと季節をつけることで区別をつける。
春の蝶は、モンシロチョウやモンキチョウのような蝶がひらひらと飛び回っているようなイメージ。
ちなみに夏はアゲハチョウのような大きな蝶で、秋、冬となるにつれて弱々しくなっていく。凍蝶などは、もうじっとして身じろぎもしないような蝶を指す。
さて、この句、みなさんはどのように読んだだろうか。多分、作者は実景を詠んだのだと思うのだが、読者にしてみれば想像の余地となる描写のない部分の残し方が面白い。つぶさに読んでみよう。
描かれているのは、娘さんたちが、日向に蝶の羽を並べている様子。
娘らがとあるので、一人ではなく二人以上。姉妹かもしれないし、娘さんの友人と一緒かもしれない。仮に娘さん二人としよう。
日向に並べるとあるから、娘さんたちは当然日向にいるのだが、それを見ている作者はどこにいるのだろう。日陰からそれをみているのだろうか。あるいは日傘でもさして、眺めているのかもしれない。「日向に」と描くことで、映像に明るさ、暖かさが増す。
並べられているものはまだ明らかになっていないが、娘さんたちが地面にしゃがみ込んで、頭を突き合わせながら何やら並べている様子。
訝しんで、その並べているものを覗き込むとそれは蝶の羽であった。
蝶ではなく蝶の羽なのだから、それは蝶の体から離れた単体の羽に違いない。並べるわけだから、少なくとも二枚、あるいはそれ以上か。
どういう状況だ?急に不穏な空気が流れ始める。
…その羽はどこから持ってきたの?
先に挙げたように春の蝶は、ひらひらと飛び回るのどかな雰囲気の季語で、春の季語であるから生命感にあふれている。
だから、娘ら・日向・蝶という組み合わせは、誰が見ても、明るさと生命の輝きを持った組み合わせだ。そこに羽を並べるという行為を足す。単体の羽の向こうにある「死」という不協和音を足された句は、途端に違う空気を帯び始めるのだ。こうなると、「ひなたにならべた」という中八の字余りも効いてくる。口にしたときのリズムの崩れが、心象に影響を与えるのである。お見事。
春天へ一段飛ばしコンバース
【鑑賞】
季語は春天。春の空の漢語傍題である。春の空が、空全体を見渡すようなイメージなら、春天は、より上に意識がある気がする。その季語に添えた助詞「へ」。この、助詞の選び方は実はとても重要だ。例えば、春天に一段飛ばしでも意味はほとんど変わらない。だが、詳しく言えばやはり違う。その微妙な差に敏感になるというのはとても大事なことだ。
「へ」とは、その目指す場所だけではなく、その過程に目を向ける言葉だ。春天に向かっていく方向、そして、その経路である階段にも意識を向けさせる助詞なのである。
中七「一段飛ばし」下五「コンバース」も上手い。
一段飛ばしとあれば、階段と言わなくてもわかるし、階段を駆け上がるような躍動感が自然と生まれる。その階段に意識が向けば自然と「コンバース」の靴に焦点化されていくことになる。
階段下から駆け上がってきた足元のコンバースが真横を通り過ぎ、階段を一段飛ばしで駆け上がっていく。カメラがそれを追うとその先に明るく光を放つ春天と、駆け上がっていく影が見える。そんな、ショートやリールのような映像が目に浮かぶ爽やかな一句に仕上がった。
お見事。
たんぽぽの絨毯跳んで帰るみち
【鑑賞】
季語はたんぽぽ。誰もが知るイメージしやすい春の花である。たんぽぽの絨毯という比喩からは、たんぽぽが群生をしている野原や河川敷が目に浮かぶだろう。俳句における比喩表現は、使い方が難しく安易に使うと類想感が強まったり、イメージが固定的になってしまい想像の余地を奪いかねないが、ここでは野原一面のたんぽぽを想像させることに成功している、上手い使い方だろう。
そんなたんぽぽの絨毯の中の道を「跳んで帰る」のである。人物ははっきりと描かれていないが、それだけにさまざまに想像することができるのではないだろうか。
その人物は、たんぽぽを踏んでしまわないように跳びこえながら歩いているとも読み取れるし、たんぽぽの絨毯/跳んで帰るみちと、句またがりの中間切れと読めば、道沿いにたんぽぽが群生している帰り道を弾むようにして帰っている様子を思い浮かべることもできそうだ。
最後に人物ではなく「みち」に着地しているところも秀逸。これによって読者には、読後も季語「たんぽぽ」の印象が強く残る。まさに季語を主役にする着地といえよう。また、道をみちとひらがな表記したことで柔らかさを生み出したところも高評価。
俺はアスファルトに舗装された道路ではなく、河川敷の土手あたりを弾むようにして帰っている女子高生のようなイメージを浮かべた。
素直に詠まれた春らしい一句に仕上がった。お見事。
というわけで、白選の六句をご紹介したよ。
めろちゃん、大賞おめでとうな!
フィナーレみんなで楽しもう!
かっちー賞はこちら
おとや賞はこちら
亀山 こうき賞はこちら
ジユンペイ賞はこちら
エンドロール
(いや,相変わらずすげーなPJちゃん)
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