【小説】君に触れたい 前編
「私、歩いて帰るから大丈夫だよぉ」
澪は、手を振りながらふらふらした足取りで二、三歩後退りをする。
「…おい、あぶねーって」
思わず手を伸ばし、離れていく澪の右手首を掴んだ。会社員らしい男二人組が怪訝そうな顔で一瞥し、通りすぎて行く。
澪はぶつかる寸前だったことに気づきもしていない様子だ。
「全然大丈夫じゃないじゃねーか。今もぶつかりそうだったぞ」
「えー、大丈夫だよ。平気平気。」
…全く平気じゃないな、こいつ。
「おい、ゆう!お前、澪を送ってこい!この辺一人じゃあぶねーぞ。」
確かに、ここは、この辺りで1番の繁華街の一角にあるし、土地柄なのか、何となく物騒な気配を醸し出してもいる。
新入部員の歓迎会の二次会に、先輩たちの奢りということでついてきているのだが、ともかく恐ろしく酒を勧められる。
と言っても、実は相手を見て無理強いはしてこないところに先輩方の分別を感じ、この部を選んでよかったと思ってはいるのだが。
後で分かったことだが、どうやら以前、歓迎会後に大学生が亡くなったことがあって、大学全体が強要するような雰囲気になかったことも幸いしたらしい。
俺は酒が飲めないので、一杯飲んだだけで顔が真っ赤になっていた上、日中の歓迎会でゲームに負け、少林寺カクテルという物騒な飲み物を一気飲みさせられていたから、それ以上飲まされずに済んでいた。
ちなみに、少林寺カクテルとは、目の前にいる料理を全てにビールを注ぎ、醤油とソースで味を整えた代物である。
誰もが眉をひそめる飲み物だが、俺にとってはむしろ好都合だった。
なにしろ、かえってアルコール自体の量は少なくなる上、ビールの苦味が苦手だった俺には、味がごまかされて、むしろ飲みやすかったからだ。
あとは、そのコップを持って彷徨いているだけで、先輩たちの誰もが憐れみの目で俺を眺め、それ以上酒を勧めてくることはなかった。
そうやって、俺はどうにかその場を生き延びていたのだが、酒が飲めるとわかった仲間の男たちは、永遠に続く酌に一人、また一人と酔いつぶれていた。
「歩けそうなの、男じゃこの中でお前だけだろ。俺たちは、こいつらを連れて部室に放り込むから、お前はその子を送ってから部室に戻ってこい。」
…マジかよ。
「せんぱーい。俺、コイツについて行っても全然役に立つ自信ないですけど。」
「バーカ。この間話してやっただろ。もしもの時はお前がボコられてるうちに、そいつを逃すんだよ。それが拳士!」
…いやいや、俺まだほとんど何も習ってないんですが。
「…まー、つーわけで送っていくわ。」
そのやりとりを、ぽわんとした様子で聞いていた澪に振り返って声をかけた。
「えー、悪いからいいよ」
…このやりとりを聞いて、なお断るか。
俺は半ば呆れ顔で言葉を続けた。
「いや、送らねーと、俺が先輩に殺されるだろ。協力しろ。」
澪は、納得のいった表情で頷く。
「んじゃさ、もう手を離してくれない?逃げないから。」
さっき掴んだ手をまだ握ったままだったことに気づいた俺は、気まずさを誤魔化すように、奥にいる先輩に送っていくことを大声で告げた。
「逃げるなよー。」
恐ろしい声が、後ろから返ってくるが、聞こえないフリをして澪と一緒に店を後にした。
※※※
「フフーン、フーン…」
前の方から楽しげな鼻唄が聞こえてくる。
歩道の縁石の上を綱渡りのように歩く澪の、ほんの少し後ろを歩きながら、俺は今置かれている状況を咀嚼していた。
つい数ヶ月前まではこんな状況、夢にも思ってなかった。
故郷を離れ、一人暮らしを始めて、世界がガラリと変わった。
初めこそ、一日誰とも話をしないような日もあったが、大学が始まってからは、すぐにつるむ仲間を見つけ、何の因果か、少林寺拳法部の門を叩くことにもなった。
そして、あっという間の今だ。
あれだけ女子と関わることにびびっていたのが嘘のように、今は何の衒い(てらい)もなく話せる。
人ってこんなにあっという間に変わるもんなのか。自分のことながらその変わりように驚く。
「…ねえ!」
突然の呼びかけにふと顔を上げると、目の前に澪が立っていた。
…近い。
思わず一歩下がる。
「なんか、しゃべってよ。」
ちょっと怒ったような表情でじっと顔を覗き込んでくる。
「…ああ、悪い。俺、しゃべってなかった?」
「ずっとね。やっとしゃべった。ゆうくんさ、…モテないでしょ」
戯けた顔で笑顔を向けてくる。コロコロと表情が変わる女だ。
「あー、まあね。ここ何年か女の子とはしゃべってなかったわ。大学に入って初めてだな、こんなに喋るようになったの。」
「えー、そうなの?全然わかんなかった。でも、今もずーっと黙ってたもんね、確かに慣れてない感じ。」
くるりと前を向き直して歩き始めた澪を見て、自分も歩き始める。
よく見れば、まだ足元がおぼつかない様子だ。
「澪、まだ酔ってるだろ。あぶねーから、縁石から降りろよ。」
「大丈夫だよ。」
どうも、この女は大丈夫でないことも大丈夫という癖があるようだ。
澪に歩調を合わせ、横に並ぶ。
ちょうど、自分の目の高さに澪の頭がある。
飲み屋独特のアルコールと揚げ物の匂いの、その向こうで、微かに涼しげな香りが鼻腔をくすぐった。
「まあ、いいけどな。気をつけろよ。」
そういってそれとなく、手を伸ばせば支えられる位置に立つ。
「…ところで、どこまで歩くんだ?」
あれからずいぶん時間が経っている。まあ、こっちとしては、あの修羅場に戻らなくていいと思うと、若干気は楽なのだが。
「んー、もうすぐ。」
眼前に広がる夜景は、オフィス街を抜け、ぽつり,ぽつりと街灯が灯っているが、一向に住居らしいものは見えない。
「もうすぐって、もうこの橋を渡ったら東区だぞ。お前、この距離を歩いて帰るつもりだったのかよ。」
もう、2,3キロ歩いている。もっとかもしれない。歩いて帰るというものだから、その辺りだろうとたかを括っていたが、これはなかなかに遠い。
「ほら、歩いてかえってるうちに酔いも覚めるでしょ。星も綺麗だしさ。」
…ほんとに呑気なやつだ。でも、そう言われてみると確かに星がきれいだ。
ここ数ヶ月、空を見上げてなかったことを思い出した。
「ほんとだな。」
月がないのも、より星が綺麗に見せているのかもしれない。
「ゆうくん、素直だね」
真下から声が聞こえてきて、慌てて目を移す。
いつのまにか、またぼんやりとしていたようだ。
すぐそこに澪の顔がある。
また、近い。
「でも、ぼけっとしすぎ。酔ってる?」
唇が動く。
微かに真上にある街灯の光を反射したそれは、少しだけ艶やかに見えた。
「酔ってんのは澪だろ。さっきから近い!」
意識して唇から目を離すが、その残像が残っているのを感じる。
「今コンタクトしてないから見えないんだよね。何、ドキドキしたの?」
「しねーよ!というか、どこだよお前のうち。」
図星をつかれて,つい語気が強くなる。そりゃ、そんだけ近けりゃ誰だって心拍数上がるわ。
「んー、…もう、ここでいいよ。すぐそこだから。」
「澪のすぐそこは、あてにならねーよ。この辺暗いし、すぐそこでも、入口まで送るって。」
「あー、ごめん。家は…」
言い淀む姿を見て、気づく。
「…あー、そうか。ごめんごめん。気づかんかった。だよなあ」
「ごめんね。親に気をつけるように言われててさ。」
「ん?彼氏が家にいるとかじゃないの?」
「え?あー!何勘違いしてるのよ!いないよ,そんなの。」
とくん。
あれ?
ちょっと、安心したぞ。俺。
待て待て。
「一人暮らしをする条件で、住んでるところ教えちゃダメよって。」
「ああ、そりゃ偉いな。大事だと思うよ、それ。女の子の一人暮らし、やっぱり心配だと思う。…んじゃ、ここで帰るわ。…ほんとにすぐそこ、だよな?」
「…んー、実はもうちょっと。」
とくん。
ん?ちょっと嬉しく思ったのか?俺。
「…じゃさ、もうちょっと送るから、ここまでで帰ってってとこで教えてね。」
下を向いてモジモジしていた顔がパッと上がる。
バツの悪そうな顔の中に照れているような笑みを浮かべている姿を見ていると、自然と俺も笑えてくる。
しかし、ほんと、この子表情がころころ変わるな。
「フン、フフーン、フフン」
また鼻歌を歌いながら歩き始める澪の横に並ぶ。
星あかりの下、前を見据えて楽しげに歩く横顔を、そっと眺めてみる。
「それ、『君は冷蔵庫』でしょ。」
パッと輝く目で、飛びつくように俺を見る。
…ああ、俺、この子、好きだわ。
※※※
はい!いかがだったでしょ。
ごめんな、こんな形の受け止め方で許して!
有料も考えたけど、マジで「君に触れたい」そんなエロくないんだよ。がっかりされちゃうから!
ってか、触れたいって言ってる時点で触れてないからね!
つーことで、ちょっとテイスト変えちゃうかわりに、8割リアル混ぜたから。
ピスタチオちゃん
フリーザちゃん
あっちゃん
この小説は、この子たちの小説に対するお返事記事でした!
そして、俺と同じく、触発されてそれぞれの色で書かれた小説
ニューノマンちゃん
さのーとちゃん
続き、エロくなくてもよければもうちょっと時間をくれたら書くからね。
お読みくださりありがとうございます。拙いながら一生懸命書きます! サポートの輪がつながっていくように、私も誰かのサポートのために使わせていただきます!