【小説】『うまれた』第1話
わたしはおそらく、徹底的にひとりだったのだと思う。
誰の存在よりも一番よく理解しているつもりで、自己認識をもったときから、意識と共にあった自分の体と心。それらがどこにもいなくなってしまったから。
自分自身を失ってしまったから、戸惑っていた。
途方に暮れていた。
わたしのことを、わたし自身が一番持て余していた。持て余していた、という甘い怠惰なものではないかもしれない。世界で一番、馴染みのあったわたしの体、心が、めきめきと音を立てるように(実際は自分でも気が付かないくらい静かに、そしてじわじわと、極端に)変わっていくのに、ついていくことができなかったのだ。
足を踏みしめているこの土地で、天変地異が起きたほうが、わたしには順応が楽だったかもしれない。だって、目の前で空と地面がひっくり返ったら、それはそれは驚くだろうが、しかし、わたしにははっきりと、目で、空と地面がひっくり返った様子がわかる。ほかの人が困っている様子を見ることができる。どうやって解決していっているのか、わかる。その解決法を事細かに真似すれば、事足りる。
だけど、今回の、妊娠、そして出産は、気が付かないうちに、わたし自身をとんでもないところまで、後戻りできない存在へ、変化させていた。
わたしは、波津子(はつこ)ではなく、ひとりの母親になった。
気が付いたらいつの間にか。否応がなく、わたしはわたしではなくなった。