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人はどうして、大人になると絵を描かなくなるのだろう
お絵描きと工作のワークショップに参加したら、絵を描くのがめちゃくちゃ楽しかった話。そして、私たちの中にある創意や自発性を殺してしまうものとは何なのだろうか、ということを考えました。
好きにしてねって言われて固まっちゃった
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私の大好きな画家、ニシムラマホさんが月一で開催されているワークショップ「アートあそび」に参加してきました。
きっかけは、たまたま発生したマホさんからのお声がけです。ちょうど開催中だったマホさんの個展についてお聞きしたいことがあって、メッセージのやりとりをしていたのですが、そのとき「ワークショップもよかったらぜひ」と誘っていただきました。私はこの「アートあそび」への参加は初めてで、アート系のワークショップというもの自体も初めての経験でした。
会場は名古屋市瑞穂区にある「アトリエクーゲル」さんです。建物に入ると、ダンスや武術などの集まりも行われるという広いスペースがあって、マホさんの用意した画材や工作の素材がたくさん並んでいました。私がお部屋に入ったすぐあとに、他の参加者として小さな女の子ふたりと、そのお母さんがやってきました。おとなでもこどもでもOKなのです。
このワークショップは、あらかじめ準備されたテーマや手順などはなく、その場に存在する素材でやりたいようにやろうという、即興的な場になっています。アートやものづくりに関する仕事をした人であれば、たぶん「人は制約のある中のほうが、素晴らしいものを生み出す傾向がある」といった言葉を聞いたことがありますよね。今回のシチュエーションはその逆です。
誰でも子どもの頃には、画用紙に向かって思うがままに自由に落書きするといったことをしたはずです。しかし、大人というのはこの「自由に」ということができなくなっていたりします。実際、私もこのワークショップが小さな子どもも参加する場だと聞いたときには、自分はそれを楽しめるかなというちょっとした不安を感じましたし、ずらりと広げられた画材を前にしてマホさんに「さあ!」と勧められたときには、一体何から手をつけたらいいものかと固まってしまいました。
大人は自由というものに慣れていないのです。おやまあ…。
無心で描いて、自分が笑っていることに気づく
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女の子たちがさっそく画材を選んで机に向かうのを背にして、私はムムムという顔で、たくさんのペンや色鉛筆が入った箱を見つめています。そうした膠着状態がしばらく続いたあと、あるものが私の目に留まりました。
絵筆です。フサフサの筆先が上を向いています。私はこれだと思い、「マホさん! 絵筆を使ってみたいです!」と声をかけました。
私はこうして画家さんのファンをやらせてもらっているくらいなので、美術に対しての感度はなくはないほうのはずです。小さい頃は絵を描くのが好きでしたし、得意でもありました。とはいえ、それは子ども時代だけのことで、成人してから絵を描くということはなかったし、マホさんと出会うまでは画家さんに特別興味を持つといったこともありませんでした。アート寄りのことをすることがあるとしたら、趣味の音楽活動で、自分のライブのチラシをデザインするのが楽しいといったことがあったくらいです。
絵筆を手にするなんて、中学生の頃が最後だったはずです。つまり何年ぶりかというと……数えないでください、やめてください! それは残酷すぎます。この世には見ないほうがいいことがあります。
マホさんが筆を洗うための水入れを用意してくれて、私は絵の具の箱とハガキ大の画用紙を準備して、机に向かいました。そうです、図工の時間にも水を用意しましたね。すべてが懐かしい感覚です。好きな色を選んで、びくびくしながら画用紙に筆を落としました。
最初は描きたいものも何も思い浮かばなかったので、絵筆を扱う感触に慣れるために、アクリル絵の具のチューブに書かれた「SAKURA ACRYL COLORS」という文字を書き写しました。そのあと、ふと手元のスマホにいろいろと写真が入っていることに気づいて、たまたまこのギャラリーに来る途中で目について写真に収めていた、しっかりした枝に少しだけ葉のついた木の様子を簡単に模写しました。そして、このスマホには我が家の白文鳥のふみ子の写真も大量に入っているなということにも気づき、ふみ子の姿を描いてみようかなと思いました。白い画用紙に白い文鳥ですから、これは久々の絵にしては難易度の高いモチーフです。
全体のバランスとかどうやって取るんだ……と思いながら、文鳥の目、くちばし、輪郭を徐々に描いていきました。今回のワークショップの時間は、全体で1時間半です。私はいつの間にか文鳥の写真を模写するという行為に入り込んでいき、普段であればめったにないような集中の状態にいることに気づきました。
楽しいという、はっきりした感覚がありました。ひとつ目の文鳥の絵を描いて、ふたつ目をもう少し大きく描いているとき、私は無意識のうちに自分の口元が笑っているということに気づきました。
自由を殺してしまうものについて考えた
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ふたつ目の文鳥の絵を描き終えたとき、ちょうどワークショップも終了の時間になり、みんなで片付けを行いました。
このワークショップで感じたことについて、少し考察してみます。
大人になるというのは自分で生活費を稼いで生きていくということなので、大変なことではありますが、実は10代の頃よりもずっと楽になることもあります。それは自分というものにあまり囚われなくなって、自由に生きていけるようになるということです。若い頃は、同年代の仲間や目上の人からどう見られるかといったことが気になって仕方がなかったと思います。しかし、大人になってしばらくすると、他人は他人でしかないということがわかるようになり、世間の評判をあまり気にしないということができるようになります。人はやりたいことをやったらいいし、それが人から見て立派でなければダメだということは何もないです。
これは絵を描くことに関しても同じで、おそらく楽器を弾くとか文章を書くといった、他の表現分野でもそうです。子どもの夢というのは、すぐに将来の職業に結びつけられますね。絵が上手ければ画家、もしくは漫画家といったところです。言うまでもなく、専業でプロになって有名になっている人というのはごく限られた存在で、本当にめちゃくちゃ高いところにいます。多少なりとも現実的な目を持っていれば、これが簡単になれるものではないということは、子どもでもわかります。それで、多くの人は、本当は好きだった芸術の分野に取り組むということをやめてしまいます。
習い事だって、クラシックのピアノやバイオリンを厳しく教えられて、楽器や音楽そのものが嫌いになってしまう子がいるというのは珍しい話ではありません。これは完全な本末転倒で、本当に悲しいことです。芸術というのは人が楽しむため、喜びや深い意味の感覚を見つけるためにあるのであって、職業にして有名になるというのはまったくその目的ではありません。そういうことは、たまたまその時代にその場所でパズルのピースとして選ばれた誰かがすればいいことです。
こうした傾向は大人からの視線として浴びせられるものですが、子どもはそれを内面化します。人がきちんと成熟した大人になるには、成長の過程で身につけた偏見を振り払うということが必要です。余計なものをたくさん背負っていては、自由に生きるということはできません。
はじめに私は、大人というものは自由に慣れていないと書きました。これは最初からそうだったわけではないはずです。社会に出て、多くの挫折と諦めを経験して、徐々にそうなるんです。思春期の子がよく言う「つまらない大人にはなりたくないよな」という言葉がありますね。これは普通の大人が持つ責任や、人生における苦悩の大きさをまだ知らないという面もありますが、一面では真理でもあります。
つまらない人間になるというのは、大人になることの必須の条件ではないはずです。むしろ、前向きに人生を意味づけて豊かにしていけるというのは、成熟した大人の証拠でもあります。
みんなであそぼ! 早くこっちへおいで!
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おっと、芸術と人間性の成熟について演説してしまったぜ。マホ師匠の楽しいワークショップの話に戻ります。
最初にも触れたとおり、ニシムラマホさんのワークショップ「アートあそび」は、名古屋市内で月に一度のペースで開催されています。開催が近くなると、X (Twitter)のアカウント @mahonishimura にて告知がされるので、お近くにお住まいの方はチェックしてみてくださいね。会場となるアトリエクーゲルさんへのアクセスは、公式サイトをご確認ください。
ニシムラマホさんの個展などでのご活動については、「画家、ニシムラマホさんの個展が今回も凄かった (2023.12.8)」の記事でも写真つきでご紹介しているので、お時間のある方は読んでいただければと思います。
今回の記事では、私がこのワークショップに参加した体験と、絵を描くのって実はすごく面白いんだということ、そして人はどうして大人になると好きなように絵を描いたりしなくなるのかなという話を書きました。
これを読んでいただいている方は、名古屋からは離れた場所にお住まいの方も多いかもしれません。しかし、今回のワークショップのような形でアートに関わる活動をされているアーティストさんというのは、おそらく全国各地にちらほらといるのではないかと思います。
今回の記事で、少しでも面白そうだなと感じていただけたら、地域のコミュニティ誌のイベント告知スペースをよく見てみるとか、気になってはいるけどいつもチラ見するだけで素通りしているギャラリーについてちょっと検索してみるとか、何らかの行動に繋げていただけたら嬉しいなと思います。
あなたの人生がもっと楽しくなりますように。
関連書籍
創作や表現に関するシロイの著作としては、大人になってから趣味で楽器を始めたいという人に向けて書かれた「社会人のための楽器の継続と上達の手引き:練習の習慣化から、音楽性を深めるまで」があります。
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