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ビールと水〜㉓最終回

前回からの続き
前々回、前回とIPAやピルスナーと現地の水の関係を見てきました。歴史的に見て、水質が良いから銘醸地になるというより、様々な要因が複合的に絡んで結局はその土地にあったビアスタイルができるということだと思います。
結局ビールにとって水とは何か。今回は最終回として振り返りとまとめをしていきたいと思います。


ビールにとって水とは

結論は第1回で書いたことと全く変わりありません。ビールにとっての水とは、pHとイオン成分です。

pH視点での水

醸造とは酵母が健全に働くために環境を整えてあげる作業です。整える環境の中でキーとなるのは、温度とpHです。そのうちpHは元々の水質にかなり影響されます。水質の影響を適切にコントロールすることがビール屋に求められるのです。
コントロール対象は、健全な糖化をするためのマッシュpH、健全な発酵をするための発酵開始時のpH、美味しい味わいで汚染のないビールを造るための最終ビールのpHです。
近代以降のビール造りでは特に、水質に振り回されずに適切にpHを狙い通りにコントロールすることが可能になりました。pHについては第4回以降にかなりの回数を費やして説明しました。

イオン成分視点での水

イオン成分は、味わいやマウスフィールに影響します。ビール屋が重視するイオン成分は、カルシウムイオン(Ca 2+)、マグネシウムイオン(Mg 2+)、バイカーボネート/炭酸水素イオン/重炭酸イオン(HCO3 -)、ナトリウムイオン(Na +)、塩素イオン(Cl -)、硫酸イオン(SO4 2-)です。
このうち、塩素イオンと硫酸イオンは特にマウスフィールやバランスに対する影響が強いとされます。
これらのイオン成分は、元々の水に含まれているものと、麦芽から麦汁に移行するものを両方考慮する必要があります。例えばオーツ麦など非麦芽の原材料を大量に使うHazy IPAのようなスタイルでは麦芽から移行する塩素イオンが不足しがちになるので、適切なマウスフィールを維持するために水質調整として塩化カルシウムなどを足してあげるわけです。
ここでも水質はスタイルや狙いの味わいに合わせて適切にコントロールすることが重要です。イオン成分については第13回から数回に渡って触れました。

その他の視点でのビールと水

pHとイオン成分以外はビールに間接的に影響すると考えられます。このシリーズでは補足的に「香気成分と水」や「濁りと水」についても触れました。他に、ガスボリュームやDOに関係する気体の溶解率や、設備洗浄(CIP)の水、ボイラーへの給水の水、脱気水の利用なども触れたかったですが、そこまで広げるとビールと水というテーマから離れてしまうような気がしたので自粛しました。
いずれにしてもビールと水の本質はあくまでもpHとイオン成分だと思います。

水質の重要性

第21回第22回ではIPAとピルスナーの成立経緯と水の関係について書いてみました。これらのビアスタイルがバートンやピルゼンで誕生して人気を博したのはもちろん水質の影響もあるのですが、時代の流れや技術的な要因のほうが大きいと考えられます。
後年ではビールに関する科学的知見が蓄積され、水質はコントロールするものとなりました。ビールの美味しさが特定の地域の水質に依存するものではなくなり、また場所によって造れるビアスタイルが限定されることもなくなり、ビール屋やビールを楽しむ人々にとっては素晴らしい世界が実現したと思います。

第1回の冒頭で「なぜ小菅村に工場を作ったんですか?水がいいからですか?」とよく聞かれるという話をしました。決して水が大事じゃないわけではないですが、誠実に答えようとすると「結局はpHとイオン成分なので、水はコントロールしてますよ」というわけわからん回答になってしまいます。それを丁寧に説明しようとするとこの23回の連載になってしまうということです。

長い間お付き合いいただきましてありがとうございました。この連載のためにかなりの量の調べ物をしたので、最後に参考文献を載せて終わりにします。

参考文献

書籍

Water: A Comprehensive Guide for Brewers (Brewing Elements)
By: John Palmer and Colin Kaminski

The New IPA: Scientific Guide to Hop Aroma and Flavor
By: Scott Janish

カラー図解 アメリカ版 新・大学生物学の教科書 第1巻 細胞生物学 (ブルーバックス)
D・サダヴァ 著、石崎 泰樹 監・訳、中村千春 監・訳、小松 佳代子 訳

暗記しないで化学入門 新訂版 電子を見れば化学はわかる (ブルーバックス)平山 令明 著

「香り」の科学 匂いの正体からその効能まで (ブルーバックス)
平山 令明 著

アルコール熟成入門 (食品知識ミニブックスシリーズ)
北條 正司 著、 能勢 晶 著

ビールの自然誌
ロブ・デサール 著、イアン・タッターソル 著、ニキリンコ 訳、三中信宏 訳

ビール世界史紀行 ビール通のための15章 (ちくま文庫)
村上 満 著

論文・ジャーナル

(ビールに関連するいろいろな論文を参照しました、ちょっともう個別には覚えてません、すみません、、、)

Web系リソース

Bru’n Water
(その他英語のビール系サイトたくさん)

その他

一般的な化学知識に関しては化学系ウェブサイト、Youtube、ポッドキャストなど

お読みくださりありがとうございます。この記事を読んで面白かったと思った方、なんだか喉が乾いてビールが飲みたくなった方、よろしけばこちらへどうぞ。

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