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その有意差に意味はある?仮説検定のよくある勘違い
データサイエンティストから提出されたレポートを受け取る皆さん。受け取ったレポートに「有意差がある」と書いてあれば、なにか意味のある結論を得られたと感じてしまいませんか? 見つかった「有意差」は本当に意味のある差なのでしょうか?
特に注意が必要なのは、全数調査を対象に統計的仮説検定を行い、その結果として「有意差がある or ない」と結論付けるケースです。これはよくある統計的仮説検定の誤用であり、その結論自体に意味がありません。さらに厄介なのは、分析者自身がこの誤用を認識していない場合があることです。
本noteでは、このような誤用を防ぐ・見抜くために、押さえておくべきポイントを解説します。
全数調査・分析とは
まず、全数調査とサンプリング調査の違いを整理しましょう。
母集団とは?
母集団とは、調査や分析の対象となる全体の集合体を指します。たとえば、全国の高校生を対象とした調査では、「全国の高校生」が母集団です。
サンプリング調査・サンプリング分析とは?
サンプリング調査は、母集団の一部(サンプル)を選び、そのサンプルを対象に調査を行う方法です。費用や時間の制約から、母集団全体ではなくサンプルに基づいて分析を行う場合が一般的です。
サンプリング分析とは、サンプリング調査で得られたデータを基に、母集団全体の傾向や特性を推定・分析することを指します。サンプリング対象の傾向や特性を知りたいのではなく、あくまで興味の対象は母集団全体です。
全数調査・全数分析とは?
一方、全数調査は、母集団全体を調査対象とする方法です。全数調査では、すべてのデータを直接収集するため、結果の精度は非常に高くなります。例えば、国勢調査は典型的な全数調査の一例です。
全数調査で得られたデータを用いて分析することを全数分析と呼びます。これは、母集団全体を対象にした分析を意味します。
(全数調査は悉皆(しっかい)調査と呼ばれることもあります。行政やビジネスの分野では「全数調査」が、統計学のテキストなどの学術的・専門的な文脈では「悉皆調査」が用いられることが多いです。)
統計的仮説検定とは
統計的仮説検定(単に仮説検定や検定と記されることも多い)とは、サンプリング調査で得られたデータを基に、母集団についての仮説が正しいかどうかを統計的に検証する手法です。言い換えると、統計的仮説検定は、サンプルデータを用いて母集団の特性を推測することを目的としています。
検定で取り扱う仮説はさまざまです。例えば、
仮説:高校生の英語と国語の成績には相関がある
仮説:新薬Aは病気Bの5年生存率を改善する
仮説:関東人と関西人では焼き肉に対する年間消費支出が異なる
これらの仮説を検証するのに、例えば日本全国の高校生全員の英語と国語の成績を調べるのは大変です。統計的仮説検定を用いることで、一部の高校生の英語と国語の成績のサンプリング調査結果から全国の高校生全員の英語と国語の成績の関係を推測することが可能となります。
このように、統計的仮説検定はサンプリング調査で得られたデータを用いて母集団に対して推測を行う行為です。ですので、逆にいうと、全数調査で得られたデータに対し統計的仮説検定を行うことは無意味です。全数調査では、母集団全体のデータをすべて収集しているため、統計的仮説検定の目的である「サンプルから母集団を推測する」必要がないからです。
上記の例では、時間とコストを掛けて日本全国の高校生全員の英語と国語の成績を調べることができたら、あとは相関を求めて仮説の真偽を確かめるだけです。統計的仮説検定の出番はありません。
無意味な統計的仮説検定の判定法
もし、データ分析に関するレポートで、統計的に有意、有意差、p値、帰無仮説、対立仮説といった用語が出てきたら、それは統計的仮説検定を行っていると判断してよいです。(本noteではこれらの用語の説明は略します)
分析対象データが全数なのかサンプリングデータなのかは、レポートを注意深く読んで判断する必要があります。「サンプル」「サンプリング」などの言葉が現れていればサンプリング分析だと判断できます。もしこれらの言葉が現れていない場合は、分析対象(=母集団)は何か、実際に取り扱っているデータは何かを読み取り、全数分析かサンプリング分析かを判断します。
これらを読み取ったうえで、もしそのレポートが全数分析を対象にしているのに、「有意差がある・ない」とか「p値が〇〇なので」などの記述が現れたら、分析者が分析の意義や内容を理解していない可能性が高いです。
誤用の実例
最近公開された、「財務省の不適切なデータ解析について」というnoteにも上記の誤用が見て取れます。
まず上記noteで扱っているデータがどのようなものか確認します。
![](https://assets.st-note.com/img/1735717424-1VraIWQATd96xZLPjh2DXeup.jpg)
原典:財政制度審議会「令和7年度予算の編成等に関する建議」12ページ
上記記事が指摘している、財政制度審議会の分析対象は「先進国」の「政府支出の伸び」と「1人あたりGDP成長率やTFP(生産性)上昇率」とわかります。
では、世界に「先進国」は何カ国あるのでしょうか? 先進国の定義は複数ありますが、分析に用いているのがIMFのデータですのでIMFによる定義を見てみます。
![](https://assets.st-note.com/img/1735718213-DAK1lEjL0ctTN6XPmp3nvQfH.png?width=1200)
この様に、41カ国(地域)が先進国とされています。
一方、財政制度審議会の分析や同noteで分析対象となっているのは36カ国のデータです。5カ国の不足はありますが、これはほぼ全数調査と言って良いでしょう。繰り返しになりますが、全数調査で得られたデータに対し統計的仮説検定を行うことは無意味ですので、今回の分析対象データに対して統計的仮説検定を行うことは無意味です。
(分析対象の36カ国が母集団41カ国からランダム抽出された国々であれば、有限母集団の補正を行う方法もあります。ですが、上記noteの分析ではそのような取り扱いはなされていないようです。)
同noteには以下のような記述があります。
![](https://assets.st-note.com/img/1735719254-wBWTSk1e2cOydvJpNPK40AuE.png?width=1200)
私には、統計的仮説検定の基本を理解していないのは財務省ではなく、上記noteの執筆者のように思われます。本来であれば行う意味のない、(ほぼ)全数調査に対する統計的仮説検定を行っていないからとの理由で色々と質問を投げかけられ、「厳密性に欠ける」とか「統計的に不適切であり、非常に問題」などと評されている財務省の担当者もきっと苦心していることでしょう。
他にもある誤用
本noteでは、note「財務省の不適切なデータ解析について」を例として、統計的仮説検定の誤用を説明しました。同様の勘違いは他のWebサイトやレポートでも散見されます。全数調査データに対して「統計的有意差がある・ない」などと主張する分析には注意が必要です。
データ分析を扱う皆さんには、統計手法の適切な使用を心がけていただきたいと思います。また、データサイエンティストからのレポートを受け取る皆さんが、このような誤用に惑わされないことを願っています。