林志炫TerryLinブログ20211007「曽経我也想過一了百了」試訳
オリジナル記事 曾经我也想过一了百了
この世界に来たのは、諦めることを学ぶためでなく立ち上がることを学ぶためです。
幸いなことに人生は三万日あり、今日2021年10月7日は私がこの世に来て20182日目です。この日私は皆さんに「僕が死のうと思ったのは」という作品を紹介します。
人生には二つの確かなことがあります。それは生まれ、やがて死ぬということで、この二点を結ぶ私の旅は既に二万日を越えています。最も強く感じるのは、人生は逆走するベルトコンベヤーの上を歩くようなもので、注意していないと後ろに引き戻されたり、転んでけがをします。
「僕が~」のオリジナル歌手・中島美嘉さんは彼女の人生のひどい低迷期にこの曲を発表しました。2010年、中島さんは耳の病気(10月、両側耳管開放症のため活動休止 *1)で自分の声がはっきり聞こえなくなったことから、やたらめったらに喉を使ってしまい、ついにはほとんど声を出せなくなってしまいました。渡米し医師の診察を受けたものの、得た答えは「根治治療はない」でした。
同じ歌手として、もし自分の身にこのような事が起きたら、どうするか、考えることすら難しいです。私はどうすれば突破できるだろうか。歌手にとってこれは死刑の審判を受けたのも同然です。
しかし、中島さんは音楽を諦めず、翌年には復帰してコンサートを開きました。(2011年4月ミュージックステーション出演、全国ツアースタート)
ほぼ耳が聞こえない状態で、彼女は体の記憶を使って歌いました。これがどれほどの忍耐力の要ることか。
中島さんはこう言います。
「諦めようと思わなかったわけではないけれど、歌うこと以外にしたいことがなかった」
彼女はどん底にいました。
神は常に課題を与え、また「努力は必ずしも成功に結びつかない」と言います。
彼女は自分の声をはっきり聴くことができず、コントロールできなかった為、数年間メディアは「思いがけない事故現場にさまよい歩き続けている」と書きました。
歌姫にとってなんとも耐え難いことだったでしょう。
しかし彼女は頑張りぬき、2013年この「僕が死のうと思ったのは」をリリースしました。
曲名は哀愁を帯びて悲しげですが、詞は人生の深い暗闇からとても強い希望に展開し、数限りない多くの人を激励するものです。
奈落の底から脱してきた彼女の歌声には、かつてのようなハイトーンの清亮さがない代わりにハスキーで硬い金属のような響きをもっていました。リズムをつかむためにハイヒールでステージの床を鳴らす姿はあまりエレガントではないかもしれないけれど、しかし、燃えるような活力は世界に衝撃を与え、私を深く感動させました。
すでにこの世を旅して二万日を超えた私は“人生旅行社”によって手配された多くの挫折を経験しました。正直な話、最低な時期には私も死のうかと思ったことがあります。でもよく考えてみると死を思うほど挫折した「事」は私のすべてではありませんでした。私には愛してやまない音楽があり、信頼できる声がありました。私には自分に人生を諦めさせる権利は無く、神がこの世に私を送り出したのは諦めることを学ぶためではなく立ち上がることを学ぶため。人生とは停止ボタンのない逆走するベルトコンベヤーのようでつまずいて倒れても、重い荷物をもって前進しなければなりません。そうしないと、怪我をしたり軌道から外れたりしてしまいます。けれど、あなたが手放したくない理由を見つけることができるならば最も短い時間で死への思いを実現させることなく乗り越えることができます。
黒雲が過ぎた後には虹が出るし、崩壊した後には再建することが出来ますが、大事なことは忍耐することです。
四回目の公演で私と熱狗さんはDuo部門にこの曲で勝負する重要任務を負いました。私がボーカルで、熱狗さんがラップを担当します。これは「飛雲之下」に続く二度目の合作で、ボーカルとラップの区切りがはっきりしていた前回とは違って、最初から最後まで交錯し織り交ざります。私たちは、内面のセルフトークにとどまらず、実生活での出会いのように直接的で強いインパクトを与えるようにそれぞれの役目を果たします。*2
音楽のジャンルを人生に例えれば、人生は一つの行進曲のようだと思います。前進に継ぐ前進。だからリメイクの時に真っ先に思い浮かべたのは曲全体の魂をリードする楽器としてスネアドラムを使うことでした。私は良い相棒・Terence Teoさん(陶晨)を呼びました。たまたま2016年、この曲の最初の中国語版も彼が編曲しました。5年ぶりのリメイクに私たちは奮い立ちました。
人生は一体何日あるのでしょう?
答えは未知です。
しかしすでに二万余日を越えてきて、はっきり覚えているのは9266日目の1991年10月8日。「認錯」をリリースしてプロデビューしました。今生、歌手という仕事を選ばせてくれた神様に感謝します。熱狗さんの締めのフレーズ「僕にとって世界で最も美しいことは、あなたを見つけたこと」。この「あなた」は私にとっては「音楽」で、音楽こそこの世にこだわり生き続ける理由です。人生にはさまざまなものがありますが、作品だけが肉体生命を超えると信じられるのも音楽でした。
私の人生のなかで多くの人が私より辛い経験をしているのを見てきました。歩き続けるなかで遭遇する挫折や失望、それらが全ての人に必須な旅路であるなら、彼らはより明るい未来に向けて努力し歩き続けることができます。それは私たちも同様です。
《曽経我也想過一了百了 僕が死のうと思ったのは》
作詞作曲:秋田弘 歌詞アレンジ:陶晨
僕が死のうと思ったのは うみねこが悲しく鳴くのを聞いたから
浮かんで沈む波の間に間に とどまることなく漂っている
どうぞ僕の辛い時間をすべてもっていってください
あっという間に慣れてしまう ホントに恐ろしい
人生は様々な後悔とさまざまな誓いに満ちている
運命を信じる? 生年月日に出生時刻
計算はアテになる? 今年は運がいい、賑やかに大発展だ
憂いに慣れ ぶらぶらと繰り返す
夜の暗さはもうつきまとわない 安静に過ごせるさ
スマホは遊び友達 時々ウィチャットを送る
いつからだろう 夜は神秘的でなくなった
古い自転車 サビついて
黒い灯台 放棄された港
一人寒々しい街中に立ち 出発したいのにどこにも旅立てない心
今日はまるで昨日みたいだ
明日を変えるなら今日を変えなきゃ
わかってる わかってる けれど
僕が死のうと思ったのは
ホントにもう聞き飽きたよ 過ぎていった日々
空っぽの心 空っぽ 耐えられない
Wow
ずっと泣いている
僕に何を言うの
嬉しいことは何一つない
運命はどうしていつも苦悩をもたらすの
孤独な心が欲しがって 人のぬくもりを掴もうと手を伸ばす
誰が僕に寄り添ってくれる? 行かないで
僕には責任があって 助かる見込みも無いのに
ヤドカリは瓶のなかで生きるしかない 貝殻は無いから
詩人が言う あなたの心を痛みは一体何ですか
痴れ者が言う たぶんそれはずっと前に「夢のため」ではなくなりました
いざり続けて いざり続けてまだずっと前進し続けなければならない
どうしたら倒れることが出来るだろう 悲しむ権利すらない
訊かないで とても怖い 漠然とした恐怖
深夜 へべれけになるほど呑んでも 胸の内を聴く人はない
絶望のなか 自由を求め 出口がなくて 絶叫する
見えなくて 醜態をさらす
誰が僕の苦しみを深く汲みとってくれるだろうか
自分と戦うだけ
勝っても負けても結局はバカバカしい
わかってる 全部わかってるさ だけどさ
僕が死のうと思ったのは
もうほんと聞き飽きたんだ 過ぎたあれもこれも
突然 見たよ あなたの明るい笑顔
Wow
終わりにしたいといつも思ってた
まだ終わりじゃない
運命を見通すことができなくて
やっと わかった 今
いままで続ける理由が見つからなかっただけ
やっと立てた再スタートの出発点 子供のように歩き方をまなぶ
僕が死のうと思ったのは
過ぎたことは聞き飽きた もうすっかり聞き飽きた
あなたに出会えなかった頃
待った いつかのその日を
あなたのような人がいて
人生の旅路を行く
この世に存在する
最後まで走ることに決めたよ
そっと呼び覚ます 眠りにつく喜びを
あなたのような人がいる
心の一番繊細なところにあなたが存在する
この世界が少し楽しみになってきた
幾万日を過した、この世で一番美しい出来事は、あなたに巡り会ったこと
公演映像 YouTube【#哥哥FIRETIME】林志炫热狗《#曾经我也想过一了百了》漫天羽毛下倾吐心声!又一次被哥哥们整破防了!《#披荆斩棘的哥哥》 Call Me By Fire EP9-1丨MangoTV
*1 中島美嘉さんについて。病名などカッコ内の記載は別途検索して加筆しました。また、この林志炫TerryLinのブログと公演映像が公開された2021年10月07日から半月後10月22日に放送された番組MUSIC BLOOD.日本テレビ系で、中島さんは治らないと宣告されていたこの病気からの快復を伝えました。
*2 以下の原文の一部が欠けた翻訳になっています。原文をプリントアウトしたとき失敗したようです。
「四公舞台上,我和狗哥被赋与重任在双人赛道上出战演绎这首歌,我负责声乐,而狗哥则是说唱,这是继飞云之下我们再次携手合作,和上次声乐与说唱段落分明表现方式不同的是,这首歌的声乐和说唱是从头到尾交织穿插,我和狗哥的角色定位,既是内心的自我对话,也像人生路上遇到的有缘人,在分享完彼此的苦难后给对方输送力量的朋友。而在音乐上我们也像超级好伙伴,我负责想编曲,而狗哥则用说唱的方式,在原有歌词里,进一步创作出撼动人心的词句,让整首歌更加直击人心。」
四回目の公演で私と熱狗さんはDuo部門にこの曲で勝負する重要任務を負いました。私がボーカルで、熱狗さんがラップを担当します。これは「飛雲之下」に続く二度目の合作で、ボーカルとラップの区切りがはっきりしていた前回とは違って、最初から最後まで交錯し織り交ざります。私たちそれぞれの役目は、内面のセルフトークにとどまらず、実生活での出会いのように直接的で強いインパクトを与える人々のようです。人生の道で、お互いの苦しみの後に力を与えあう友達のようでもあります。 音楽に関しても、私たちは素晴らしいパートナーです。私は音楽をアレンジする、熱狗さんはラップ技術を駆使して、元の歌詞の感動的な単語や文章をさらに作曲し、曲全体をより直接的にします。