見出し画像

IPOスタートアップ知財分析〜PLAID編〜

 はじめまして、Shiroと申します。スタートアップ界隈で弁理士として知財の仕事をしています。今年は少しずつ情報発信をしてみようと思い、個人的に興味を持ったスタートアップの知財分析をして、備忘録もかねて記事にしてみます。

 なお、スタートアップ界隈で仕事をしていますが、基本的に全く関係のないスタートアップをあくまで客観的にわかる情報の範囲で勝手に分析しています。そのため、個人的な推測などが多分に含まれておりますので、その点はご了承下さい。

1.はじめに

 今回分析するのは昨年末東証マザーズにIPOしたPLAIDさんです。昨年東証にIPOしたスタートアップの中でもいわゆるユニコーン企業の基準となる時価総額1000億円超えを果たしたのはWealthNaviとPLAIDの2社のみです。厳密には両社ともに公募価格基準では1000億円には到達していないので、ユニコーン企業ではないのかもしれませんが・・・、非常に注目度も高いスタートアップということでPLAIDさんを分析してみます。次はWealthNaviさんかな・・・

2.PLAIDって

 スタートアップ関係者であればご存知だと思いますが、まずはPLAIDさんについて簡単にご紹介します。詳細は、INITIALの記事を添付するのでこちらをご参照下さい。

 PLAIDは、「データによって人の価値を最大化する」をミッションに掲げ、CXプラットフォームKARTEを提供するB2B向けSaaSを提供するスタートアップです。創業は2011年、KARTEのリリースが2015年、そして、昨年12/17に東証マザーズへの上場を達成しています。

 直近の事業状況は、売上40.0億円(前期比+36.4%)、売上総利益71.2%、サブスク比率95.3%、MRR3.5億円とさすがの業績です。

 資金調達は、シードラウンド(2014)1.5億円→シリーズA(2015)5.0億円→シリーズB(2018)20億円→シリーズC(2019)16.2億円と累計約43億円を調達しています。

 プロダクトであるKARTEはWeb向けのプラットフォームが15/3にリリースされ、18/3にアプリ向けのKARTE for App、18/12にデータ統合を行うKARTE Datahubと拡張しています。

 顧客企業は、KARTEを利用することで、自社のWebやアプリ上でユーザがどのような行動をしているのかリアルタイムで解析・可視化することができ、さらには蓄積されたデータを分析することが最適な施策実行まで実現できます。これによって、各社の顧客体験(CX)を可視化し改善することが可能となるBtoB向けのDXツールがKARTEになります。詳細はPLAIDさんのHPなどをご参照いただければと思いますので割愛します。

3.PLAIDの知財・特許

出願件数 

 J-PlatePatで「株式会社プレイド」で検索すると、特許12件(出願中6件、登録済み6件)、商標45件保有しています。SaaS系のスタートアップとしてはIPOした企業であることを考慮しても非常にしっかりと知財活動しているボリューム感でしょうか。商標もかなり数が多いので興味深いところですが、今回は特許について深堀りして分析します。

特許出願推移

 まずは時系列で特許出願の状況を見てみます。最初に出願を開始したのは2017年でそこからコンスタントに出願しており、2019年には年5件まで出願ペースが上がっています。2020年については、出願から1年半経過していないため公開されていないものがあると予想されます。なお、2020年の1件の出願はスーパ早期審査によって出願後1年半経過による出願公開前に特許査定となり特許公報として公開されたものになります。

noteタイトルスライド (1)

資金調達・製品リリースとの関係

 特許出願を開始した2017年は、KARTEの製品リリースを行いシリーズAで5億円の調達を実施した2015年から2年ほどのタイミングとなります。全体としてSaaS系企業としてはかなり知財に力を入れている印象ですが、シード期から取り組んでいたというわけではなく、シリーズAで比較的資金面に余裕が出た後に集中的に活動しているようです。その後もシリーズB・C・IPOと資金調達が進む中で継続的に活動しているようです。

具体的な特許事例

 ここからは具体的な特許の中身をもう少し詳しく見ていきます。以下で引用するKARTEの説明図をベースに、①データ収集 ②可視化 ③セグメンテーション ④施策アクション ごとに見ていきます。なお、ToBプロダクトということもあり、正確に分類できている補償は全く無いので、その点はご了承いただきたです。気になる方は直接確認してみて下さい。

画像1

(PLAID HPより:https://ssl4.eir-parts.net/doc/4165/tdnet/1913858/00.pdf)

①データ収集:特許6531303号 Webやアプリ上でのユーザの操作情報をカテゴライズするため、管理者側でユーザの操作情報にタグ付けを行う特許。データ分析のためのタグ付けをプラットフォーム上で効率的にジッするためのデータ収集に関する技術のようです。

②可視化:特開2018‐190008号 Webサイト上でのユーザの操作情報を取得し操作情報に基づいてユーザの属性値を付与することでリアルタイムでWeb上のユーザを解析する技術。こちらは出願時の権利範囲は非常に広いものの(アプリは含まれませんが・・・)、まだ審査中のステータスです。

③セグメンテーション:特許6644346号 ある時点でセグメント条件を満たすユーザを識別し、その後のユーザ操作からゴールイベント条件を満たすか否かを分析し出力する特許。セグメント条件とゴールイベント条件の2つの観点でユーザ分析する技術点。セグメント条件やゴールイベント条件としては、課金ユーザか、Web上で動画閲覧しているか、会員登録済みか、Web閲覧したかなどが例示されております。個人的には詳細な顧客分析を実行しようとすると非常に嫌な特許ではないでしょうか。

④施策実行:特許6550575号 ユーザの属性値と位置情報に基づいて広告情報を送信する技術。ユースケースは、過去の購入回数や購入金額などのユーザ属性値が一定の閾値以下のユーザに対して、ユーザの位置周辺にある店舗の広告情報を送信し、広告施策をより緻密に実現するもののようです。

 なお、上記分類ごとの件数は以下のとおりです。比較的偏りなくすべての領域で出願されており、機能ごとに必要な特許が出願された良質な特許ポートフォリオではないでしょうか。

noteタイトルスライド (3)

4.考察

 ここからちょっと私見です。いきなりですが、知財の仕事をしている人やある程度深く関わったことがある人は、知財の定石として、

 ”事業をスタートする前にその事業の核となるコア特許を出願すべき”

 という考えを聞いたことがある人も多いと思います。これは捉え方を変えると事業開始前の特許が最も重要というニュアンスがあると思いますが、これって実際本当でしょうか?

 私自身もまずは基本特許とかコア特許というものを事業をスタートする前に出願したいよねと思っていますが、スタートアップ界隈で仕事をしているとこの考え方は実態とマッチしているのか、本当に正しいのとやや疑問を感じることが多くなりました。

 この考え方からすると、シード期が知財活動としては最も重要なフェーズになりますが、PLAIDさんを見てもシード期に知財活動はできておらず、他の成功したスタートアップとかも結構シード期には手が回っていないことが多いのではないでしょうか(シード期に活動する必要がないという意味ではありません)。

 このあたりSaaS事業の観点から考えてみます。SaaS事業では(他のIT/Web系事業もある程度同様だと思いますが)、①MVP(Minimum Value Products)の開発→②ユーザからフィードバック→③改良・機能追加を経て、②③のサイクルをとにかく迅速に繰り返すことが重要と認識されていると思います。これによって、MVPの時点では単純な機能だったものが徐々に機能拡張され、単一機能のプロダクトから骨太なプロダクトや事業へと発展していきます。

 また、MPVを開発した時点では、本当に解決すべきユーザの課題やペインを正確に捉えていないことも多く(もちろん、仮説レベルで課題は設定されていると思いますが)、MPVリリース後の様々なフィードバックから本当に解決すべき課題を捉えることができ、これを解決するプロダクトや機能を開発することでいわゆるPMF(Product Market Fit)を達成できるのではないでしょうか。

 このような前提を踏まえたときに、事業をスタートするとき(MVPの時点で)にコア特許と呼べるような特許が取れるのでしょうか。もちろん、最初の仮説検証が正しければMVPに含まれる機能がコア特許になる可能性もありますが、実態としてはなかなか難しいのではないでしょうか?そもそも、MVPってこんな感じだよねと言われるくらい裏で人海戦術だったりもしますし・・・、技術的に特許取得が難しいことも多いでしょう。

 PLAIDさんの例で考えてみると、KARTEの場合Web上のユーザデータの収集・可視化から始まっていると思います。しかし、特許の観点では、この可視化の部分は、単なる情報の提示で発明に該当しないだとか、進歩性がないだとかでなかなか権利化するのが難しい領域です。KARTEであれば、Webサイトの特定ページへのアクセス、購入回数、購入金額などを収集するというだけでは、特許取得するのは難しかったでしょう。実際に可視化に関する特開2018‐190008号も審査経過を見てみるとやや苦しんでいる状況ですし、データ収集に関する特許6531303号も単なるデータ収集ではなくユーザ側で付加情報(タグ付け)することでより柔軟なデータ分析を可能とする特許です。よりマクロ的に分析してみても、以下のように、セグメンテーションや施策実行のようなより高度な機能に関する特許はより遅い時期に出願されており、KARTEリリースしてから4年程経過しています。

noteタイトルスライド

 この時間的な流れが冒頭の知財の定石の認識とややずれているように思います。MVPをリリースし、細かな機能追加・改良を短期間で実行するスタートアップ(いわゆるリーンスタートアップ)では、必ずしも最初の事業開始(MVPリリース)時点での技術や機能が最重要ということではなく、その後様々なフィードバックから機能追加・改良がなされ、その中から本当のコア技術が生まれ大きく成長していくでしょう。そして、知財活動としても、リーンスタートアップの手法のように、最初のリリース時の特許出願よりも、その後の過程で生まれるコア技術を見逃さずに特許で抑えることが重要となるのではないでしょうか。

 KARTEというプロダクトも当初はWeb上のユーザ行動を可視化するものだったと思いますが、そこから分析に必要な行動なデータ収集機能や、セグメンテーション、施策実行といった様々な機能実装がされたことでCXプラットフォームというより重厚なSaaSプロダクトとなり、競合優位性を確保しています。そして、これと連動する形で特許ポートフォリオが構築されており、一つのSaaS系スタートアップにおける知財活動の一つの成功モデルではないでしょうか。

初稿:21年1月24日


いいなと思ったら応援しよう!