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韓国の聖水が「ポップアップの聖地」になるまで
韓国トレンドの発祥地を歩く
駅から一歩外に出ると、情緒あふれるレンガづくりの建物と、煌びやかなトレンドブランドショップ——。
SHIROは2025年春、ソウルのトレンド発信地・聖水洞(ソンスドン)に出店します。かつて聖水は工場地帯でしたが、現在はオシャレなお店が立ち並ぶエリアに姿を変えつつあり、ノスタルジックな街並みと最新のトレンドが溶け合う、現地の人にも旅行者にも人気のスポットになっています。
街を歩いてみると、かつて工業地帯だったこともあり、レンガづくりのお店が並んでいることがわかります。クリエイティビティが刺激され、外装、内装とも創作意欲が湧く街並みです。
聖水には「POINT OF VIEW」という有名な文房具屋さんがあります。
日本人にも人気なお店なので、ご存じの方がいるかもしれません。実は先日、ソウルを訪れた際に、POINT OF VIEWの創業者であるキム・ジェウォンさんにお話を聞くことができました。
キムさんが教えてくれたのは、POINT OF VIEWを創業した2014年から今日まで、聖水が歩いてきた10年間の軌跡です。お話を伺うと、たった10年の間に目まぐるしい変化を遂げてきた、聖水の歴史が見えてきました。
寂れた工業地帯から、トレンドの発祥地へ
韓国が経済発展をする過程で、聖水には鉄鋼や印刷、繊維や革靴などの工場がいっせいに立ち上がり、工業地帯のひとつとして発展しました。
しかし、1997年のアジア通貨危機で経営難に陥る企業が増え、大規模な工場たちは、より地価の低い郊外に引っ越しました。その結果、聖水には革の問屋や靴の工場、小規模な自動車整備工場が残されるようになりました。
そんな聖水の街がトレンドスポットに変わるきっかけになったのが、キムさんが始めたカフェ「zagmachi」でした。
キムさんはかつて、聖水の近隣に位置する大学で授業を持っていました。その時、多くの学生が、ソウルの東側に位置する聖水周辺から、西側にある梨泰院や弘大に遊びに行っていることを知り、寂しく思ったそうです。
そして、学生が集まりカルチャーを生み出せる場所として、聖水にカフェをつくることを決意します。工場が撤退したことで空き物件もあり、ノスタルジックな街の雰囲気を残しながら、若い人が集まれる場所をつくることにしたそうです。
zagmachiのオープンがきっかけになり、倉庫を改装したカフェやレストランが少しずつオープンするようになりました。2016年には「大林倉庫(テリムチャンコ)」という大きなカフェができました。
競合店舗のオープンでお店の売上が下がるかと思いきや、新しいお店に興味を持つ若い人が街に訪れるようになったことで、zagmachiの売上も倍近くになったそうです。この頃から、聖水の街が変わり始めたといいます。駅前に大きなビルが建設されたり、企業がオフィスを移転したりと、聖水は日に日に活性化していきました。
オフィスができると、そこで働く人たちが買い物をします。
そのため、アパレルやコスメなどの店舗が増え始めたそうです。こうして、かつての街工場は徐々にショッピングエリアに変わって行きました。
聖水の近くにはソウルの森という大きな公園があり、自然豊かな場所でもあります。繁華街である江南(カンナム)へのアクセスもよく、街が開発されて買い物ができるようになったことで、住むにはもってこいのエリアになりました。そうして聖水に高級住宅が建設され、さらに街並みが変わっていったそうです。かつての「寂れた街工場」はこうして「トレンドの街」に姿を変えて行きました。
聖水から「個性」をなくさない
聖水を歩くとポップアップストアの数に驚かされます。
常設の店舗だけではなく、聖水にポップアップが多いのは発展の時期と関係しています。2014年のzagmachiから始まり、徐々に街並みが変化していく中で直面したのが、コロナでした。
お店が急増する時期とコロナ禍が重なった結果、期間限定でショップをオープンするスタイルが主流になったようです。収まったと思えばまた流行する不透明なコロナに対して、期間限定での出展はリスクを最小限に抑えるための有効な方法でした。もし想定通りの売上が実現できなくても、期間が終わればコストはかからないからです。そうして、聖水は“ポップアップの聖地”になりました。
その後、コロナは収まりますが「ポップアップの聖地」として認知された聖水には、今でもポップアップがたくさんできています。
でも、こうした聖水の発展は、必ずしもポジティブな面だけではありません。ポップアップ文化が栄えているということは、「つくっては壊す」が当たり前になっているということでもあります。トレンドが集まるのは素敵なことですが、たくさんのゴミを出している事実にも、そろそろ向き合わないといけません。
また、店舗、オフィス、住居が押し寄せたことで地価が上昇し、お店を構えられるのは資本力がある大企業に限定されてしまい、「聖水らしさ」が失われつつあるそうなのです。キムさんは「街の個性がなくなっていく」と言っていました。
その結果、とても興味深い現象が起きています。
ソウルで若者に人気の百貨店「現代百貨店(The Hyundai Seoul)」は、B2フロアを聖水で人気になった個性的なブランドを中心に構成しています。若い世代の百貨店離れが深刻になったことで、若い世代に人気の聖水の街をコンセプトにフロアを開発したそうです。
一方、聖水の街は家賃が高騰した結果、個性的な小・中規模ブランドが移転などを余儀なくされ、百貨店化しているのだそうです。現代百貨店は、自らの意思でどのブランドを出店させるか決められますが、聖水の街そのものにはオーナーが存在しないので、高額な家賃を支払える資本力があるかどうかで決まってしまうのです。
そうした中で、キムさんが経営するPOINT OF VIEWは、“聖水らしさ”を強く感じられるお店です。情緒を感じる佇まいと、スタイリッシュなプロダクトからは、聖水の歴史を紡いできたプライドが感じ取れます。
キムさんはPOINT OF VIEWのオープン時、聖水がイーストロンドンのような街になることを願ってお店をつくったそうです。イーストロンドンはまるで街全体がアートのような、カルチャースポットです。
キムさんは聖水にそうしたイメージを持って始めたのだと知り、POINT OF VIEWの佇まいと共に深く納得させられました。SHIROが本格的なお店づくりをする前に、キムさんのお話を聞けて本当によかったと思っています。
「聖水のプライド」を守るお店に
聖水に出店する予定のお店は、今のところ外観は真っ白で、中はすっからかん。これからデザインを決めていくところです。最初に始めたキムさんの想いに共感するし、街の個性をなくすようなお店にはしたくない。キムさんと話したことで、その想いを強く持ちました。
皆さんに韓国出店のお知らせをした際、「韓国でしかできないSHIROをつくりたいけれど、まだ答えにたどり着けていない」というお話をしました。韓国の文化をリスペクトしつつ、私たちがお伝えしたいことを伝えるには、どうすればいいのかがわかっていなかったのです。
ただ、今回の訪問を踏まえて、ストレートにSHIROらしさを表現しようと思えました。
現在、聖水は「つくっては壊す」が当たり前になっています。
そうした場所で、環境を第一に考えるSHIROの考えは、受け入れてもらえないかもしれません。余ってしまった香料と容器から生まれる香水「ZERO COLLECTION FRAGRANCE」なんて、そもそも傷がついているボトルを使っているので、「そんなものいらない」と言われてしまう気がしていました。
ただ、変わりゆく聖水の街を見て「このままではいけない」と考えている人たちがいるし、若い世代には環境問題に敏感な人たちもいます。そうであれば、SHIROらしさを貫くことが価値になるのではないかと思えたのです。
SHIROは“トレンドの中心”になりたいとは思っていません。ましてや、売上のために地球環境を壊したいとも思わない。だから、聖水の歴史を見てきたキムさんのような人たちに、「プライドのあるブランドが来てくれた」と思っていただけるようなお店にしたいなと。
どんな哲学を背景に、どんな製品を開発して、どんなお店をつくるか。
その想いが抜け落ちてしまっては、ただの「経済」であって「ブランド」にはなりえません。生意気かもしれませんが、変わりゆく聖水の街に楔を打てるようなお店をつくれたらと思っています。
お店のオープン予定まで、およそ半年。
韓国出店計画の進捗はTABI SHIROでも随時報告していくので、続報を楽しみにお待ちください。
(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)