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人生に「勝ち組と負け組」なんて、ない


韓国の受験戦争「最前線」

12月に韓国を旅した目的は、「韓国の若者の感覚を掴むこと」。
その中で、韓国の若者がどのような気持ちで、熾烈な受験戦争と戦っているのかを知りたいと思っていました。日本に住む韓国の方たちにお話を聞くと「韓国の受験戦争に嫌気がさして日本を選んだ」という会話になることがよくあります。その熾烈さが、若者たちの感情にどんな影響を与えているのかは、韓国という社会を捉える上で、とても大切だと思います。
 
韓国の若者に話を聞かないことには、日本には帰れません。
旅の過程で、若い世代と親世代の間に「価値観の差」があることが明らかになってきましたが、はたして勉強に対する価値観には、どのような違いがあるのでしょうか。
 
今回は、世代によって異なる勉強に対する「価値観のグラデーション」を紐解いていきます。

学習塾と精神科が立ち並ぶ街

韓国のそうした受験戦争の最前線のひとつが鷺梁津洞(ノリャンジンドン)という場所のようです。鷺梁津洞に集まるのは、公務員試験や教員試験を控える学生たち。彼らの毎日は勉強一食で、机に向き合い続ける日々を過ごしています。
 
街を歩く学生たちの生活は「過酷」の一言です。
学生たちは考試院(コシウォン)と呼ばれる、日本のビジネスホテルの1/3ほどの狭さの宿舎に寝泊まりして、目覚めた瞬間から勉強を始めます。近くには大学入試や公務員試験向けの塾がたくさん並んでいて、日中はそこに通い、夜は狭い宿舎や安価なコーヒーショップで勉強に励みます。
 
食事をする時間も惜しいようで、学生向けに軽食を提供する屋台で、15分程度で済ませる人が多いそう。100円のコーヒーを求めて長蛇の列ができるのも、日常的な風景だといいます。
 
学生たちは、これほどまでに劣悪な環境で、勉強するだけの期間を数年過ごします。文字通り「受験戦争」です。どれほど苦しい時間を過ごしているかは、街並みを見れば一目でわかります。学習塾が立ち並ぶ街のいたるところに「精神科」の文字が目に入るのです。
 
鷺梁津洞に集う学生には、大学進学を目指す学生と、大学卒業後に就職できず、資格取得を目指す学生の二通りが存在します。下は18歳から、上は30代後半まで、年齢層はさまざまです。
 
彼らはなぜ、人生の貴重な青春を、勉強に投じるのか——。
強烈な文化の背景には、学力がなければスタートラインにすら立てない、韓国の風土が関係しています。

何をするにも「学力」が求められる社会

勉強ができないと、クリエイティブすらできません。

ソウルでフィールドワークをしていたときに、とある学生が話してくれたことです。彼女はクリエイティブ職を目指していましたが、その夢を叶えるには、まずは学力が伴わなければいけないとのこと。
 
偏差値的な学力の高さと、クリエイティビティには、必ずしも相関はないはずです。かくいう私も、SHIROのクリエイティブディレクターですが、机に向き合って勉強するのは苦手でした。
 
しかし、韓国では、そうはいきません。
どのような選択をするにしても、学力の高さが必要不可欠なのです。公務員になるのはもちろん、クリエイティブ職であっても、「勉強ができること」が職業選択の資格になります。
 
また、韓国では「都心の会社に就職して、都心で暮らすこと就職する」ことが成功だとされています。つまり、地方に勤務する人は、都心で就職できなかった「負け組」のレッテルを貼られてしまう傾向は、今も残っているようです。
 
何より驚いたのは、これは親世代に限らず、若い世代にも浸透していること。むしろ、若い世代にこそ強く浸透しているようにも感じました。受験戦争に疑問を抱いても、社会の構造はすぐに変えられません。であれば、その構造の中で成果を上げるしか選択肢がない、というのが現状のようです。
 
日本では例えば、地方で働く幸せ、そうした価値観が浸透しています。
都会で生きること、地方で生きることに優劣はないし、「優劣がある」「地方で暮らすなんで負け組だ」と思っている人もほとんどいないでしょう。
 
でも、韓国にはその空気が漂っている。
それはきっと、「地方で暮らす楽しさ」について発信がなされていないから。情報がなければ、それに憧れることも、目指すこともできません。その結果、選択肢に浮上せず、「都会でステータスの高い仕事に就く」ことを誰もが目掛けてしまうのだと思います。
 
本来であれば、人生に勝ち負けなんてないし、幸せの定義も人それぞれのはずです。個々人が自分の幸せを追求して自由な選択ができる時代のはずなのに、韓国では都心が勝ち組で、地方は負け組であるという価値観が共有されています。韓国の社会全体が変わるには、もっともっと多様な価値観を発信していく必要性があると感じました。

変化の入り口に立つ若者たち

もうひとつ韓国の若者たちと話して驚いたのが、「広告に対する価値観」でした。韓国の広告といえば、K-POPアイドルを起用した煌びやかなデザインを思い浮かべる人が多いと思います。SHIROが出店する聖水洞(ソンスドン)のように、毎日のようにポップアップが開催され、トレンドが目まぐるしく変化するエリアでは、なおさらです。
 
しかし、現地で開店準備を進め、インタビューを通じて人々の価値観を掘り下げていくと、必ずしもそうではないことが分かってきました。
 
もちろん、従来の広告スタイルが多数派ですが、最近はじわじわと「つくっては、壊す」スタイルに疑問を感じる若者も増えてきていたのです。以前も紹介した「POINT OF VIEW」という文房具屋さんは、煌びやかなライトで照らされているわけでも、装飾だらけの広告で宣伝されているわけでもありません。それでも、お客さんが殺到しています。

まだ変化の途中ではありますが、「つくっては、壊す」だけが韓国のトレンドではない。韓国も徐々に、でも確実に変わり始めている。
 
この事実に気付けたことで、思い悩んでいた「韓国でしかできないSHIROづくり」にも答えが出せました。日本のSHIROと同じように、シンプルであり、地球を大事にするお店をストレートにつくろうと思います。
 
(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)

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