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登山、旅、人生の共通点
自然に密着したい
最近になり、登山をする人が増えてきました。
過去にも何度か登山ブームが起こったのですが、今はキャンプブームが落ち着き、気軽に楽しめる次のアウトドアとして「低山ブーム」になっているそうです。
私は天邪鬼なので、うまくブームに乗るのが苦手な人間です。
キャンプブームのときもそうでしたが、「もう乗り遅れているから…」と行動しなくなるところがあります。登山ブームも、そんな気持ちで眺めていました。
ところが先日、ふと地元・北海道の旭岳に登ろうと思い立ち、挑戦してきました。森を歩く機会が増えたことで、自然に密着したい気持ちが強くなり、山にも興味が湧いてきたのです。登山の相方は、札幌市のイタリアンレストラン「TAKAO」の高尾僚将シェフ。私と同じく、森を愛する一人です。
今日は、久々の登山を通じて得た学びを、皆さんにお伝えしたいと思います。
海になくて、山にあるもの
久々の登山は快晴に恵まれ…と言いたいところですが、大雨でした。
霧雨が視界をさえぎる最悪の天候で、足元はビチャビチャです。どうして今日に限って…と落ち込みたくもなりましたが、「それもそれで楽しもう」と気持ちを切り替えました。
とはいえ、登り始めてみると、想像以上に過酷でした。
会話を楽しむ余裕もなく、急斜面を登るだけで精一杯。都会で暮らしていると感じる機会がない「生命の危機」も少なからず味わいました。
でも、それだけ集中力を必要とする登山は、それはそれで楽しい。
キツいし、大変だし、苦しいのですが、ゴールに向かって歩みを進めていくことの尊さを感じられたのです。海も山と同様に怖い場所ですが、少しだけ違いがあります。先が見えないし、どんどん深くなるしで、ゴールがない。一方、山には、頂上という目指すべきゴールが明確にあります。そんなことを考えていたら、「ビジネスも、ブランドも、子育ても、ぜんぶ登山と一緒だ」と思えてきて、むしろ過酷な環境だからこそ意味があるようにも感じられました。
26歳で社長を任されてから、さまざまな経験をしてきました。
取引先に理不尽な罵声を浴びせられたこともあるし、SNSで大炎上をしたこともあります。簡単にはいかない毎日だったからこそ、たくさんの学びが得られて、今が楽しく充実した時間になっているのは間違いありません。そんな日々と過酷な山を重ねながら、頂上へ歩みを進める時間は、悪天候にも関わらず、いつしか快感に変わっていました。
土砂降りの登山が教えてくれたこと
あまりに天候が悪く、頂上までの登山は断念することになりました。
私は諦めるのが嫌いなので、悔しくて仕方がありませんでしたが、こればかりはどうしようもありません。悪天候の登山というアクティビティには、たくさんの学びがありました。危険をともなうので簡単におすすめはできませんが、登山を好きになるには十分すぎる時間だった気がします。
1つ目の学びは、「日々を安全に過ごしているうちは、気づきを得られない」ということ。同じことの繰り返しだけでは、人生は退屈です。安全地帯を飛び出して挑戦しないと、新しい日々は手に入りません。悪天候の登山は日常と切り離されたスリリングな時間で、コンフォートゾーンを飛び出したことで、挑戦することの意義や価値を再認識できました。
2つ目の学びは、「どんな状況でも楽しめる自分でいるべき」ということ。
私だって、せっかく登山するなら晴れていたほうがいいし、頂上から絶景を眺めたいです。だけど、それが叶わないからといって、一日を残念な気持ちで過ごすのはもったいない。がっかりしたくもなりますが、置かれた状況をどう楽しむかを考えれば、状況はいくらでも改善できます。実際、私が旭岳を登った日は、登山をするには最悪のコンディションでしたが、優れたコンディションでは得られなかったはずの学びや感覚を手に入れられました。
高尾シェフは私と同じ50歳です。
ふたり合わせて100歳の私たちが、土砂降りの山を黙々と登っていると考えると、それだけでもおもしろく思えてきます。登山も旅と同じように、トラブルが付き物です。人生だってそう。なんでも予定調和にはいかないので、「どんな状況でも楽しめる自分」でいるのが、毎日を楽しく過ごすコツなのかもしれません。
旅するように登山するには
森を歩く時間は、旅をする時間と似ています。
森は帰り道が分からなくこともあるし、野生動物と遭遇する可能性もあるので、一人で歩くのは怖いもの。でも、歩くたびに知見がたまって、森を見る解像度が上がっていきます。一人で歩くのは怖いけれど、少しずつ強くなって、新たな発見が連続するようになります。旅も同じで、ひとりで異国の地を歩くのは怖いものですが、少しずつ怖さが減っていき、楽しみが増えていきます。歩き方を覚えることで、世界の見え方が変わっていきます。
登山にも、森と旅に共通点がありました。
最初は怖いけど、歩みを進めれば進めるほど、恐怖が減り、楽しみが増す。今回は高尾シェフと一緒に登りましたが、過酷な状況だったので会話をする機会もほとんどなく、実質ひとりでした。私にとっては、その孤独感もよかった。そばに誰かがいる安心感はありましたが、自分の世界を歩いている感覚を失わなかったので、異国を旅しているときと同じような感覚になれました。
もし山を登るなら、気を遣う人とはいかないほうがいいかもしれません。
登山を通じて交流を深める楽しさもあると思いますが、旅行ではなく旅するように山を登るのであれば、気ままにいられる、無言を気にせずに過ごせる関係の人を誘うのがいいと思います。もうひとつは、体力が同じくらいの人と登ること。待たせたりすると、気を遣っちゃいますから。
久しぶりの登山を通じてたくさんの学びを得たわけですが、何よりみなさんに伝えたいのは、「毎日が絶景じゃなくてもいいよね!」ということです。土砂降りのなか山を登るとは思っていなかったし、本音を言えば絶景を見たかったけど、それでも楽しかったのは、目の前の状況を楽しもうと努力したからです。
人生も毎日が絶景なんてことはありません。
快晴の日があれば、土砂降りの日もあります。
お腹を抱えて笑うときもあれば、涙が出るほど悲しいときもある。
目の前の状況に一喜一憂せず、いかに楽しむかを考えられたら、人生は豊かでしあわせなものになっていくはずです。私はこれからも山に登る予定なので、皆さんからも登山の魅力を教えてもらえたらと思います。
(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)