旅好きな人は、きっと森も好きだと思う
旅と森の共通点
私がここ数年、旅とともに関心を寄せているのが「森」です。
きっかけは、札幌市のイタリアンレストラン「TAKAO」の高尾僚将(たかお・ともゆき)シェフとの出会いでした。国内外を旅して、自然素材にたくさん出会ってきたつもりでしたが、高尾シェフとの出会いをきっかけに「まだまだ知らないことがたくさんある」と気付かされました。高尾シェフに話を聞くと、自ら森に入って食材を採取し料理にいかしているとのこと。知らない世界を求めて、私も森に入ってみることにしました。
「こんな素材があるんだ」「森ではこうやって自生しているんだ」
発見の連続で、魅了されるようになりました。
森を歩く時間は、旅をしている時間と似ています。森を一人で歩くのは、恐怖心もあります。帰り道が分からなくこともあるし、野生動物と遭遇する可能性もある。
でも、歩くたびに知見がたまって、森を見る解像度が上がっていきます。
誰かと一緒に入るのも楽しいけれど、たった一人で、感覚を研ぎ澄ませながら歩くことは、新たな発見の連続です。たくさんの木を眺めたり、動物の足跡を見つけたり、植物の成長に気がついたり。
旅も同じです。
一人で異国の地を歩くのは怖いものですが、旅をする回数が増えると、怖さが減っていき、楽しみが増えていくものです。怯えながらスタートして、たくさんのアクシデントと学びを得て、家に帰ってきてホッとする。最初から一人が楽しいわけじゃないのも、旅と森の共通点です。
森林大国とはいうけれど
世界一の森林面積を誇る国が、フィンランドです。
フィンランドは「自然と共存する暮らし」を国として掲げていて、「森に入る」ことが当たり前になっています。森にパンにソーセージ、マシュマロを持ち込んで、ぼーっと景色を眺めながら食べることは、フィンランドの人たちの日常。人々の暮らしの身近に森があります。
フィンランドに次ぐ2位が、日本です。国土面積の実に約7割が森林です。
ところが、なぜか森との接点は少ない。森との接点が少なさは、私たちが家をつくる際にも顕著に現れます。たとえば家を建てるとき、どこで育った木を使っているのか知る機会はほとんどありませんよね。どんな人がどんな想いで伐採してくれたのかを想像する機会もありません。
家を建てるのは、多くの人にとっては人生で一度きりの体験です。
人生で最も高価なお買い物であるケースも多いでしょう。それなのに、メーカーのカタログを見て、その中から選んで決めるのは、なんだか少し寂しい気がします。
また、こんなにも自然に恵まれた国なのに、国内流通する木材の約6割は海外からの輸入材です。輸入材は値段が安いという経済的なメリットがあるのですが、どこで採れて、どんなふうに輸入されたか分からない木で建てた家に住むことになります。
森を歩いていると、当たり前に“朽ちた木”に出会います。
つまり、木は腐るということ。でも、住宅は築50年でも平気で暮らすことができる。たくさんの防腐剤が使われているんですね。住宅になるときは壁紙が貼られているので気になりにくいものですが、薬剤をたっぷりと使われた木に、自分の子どもが頬を寄せている…。
そう考えると、安心できないものです。
日本の山は「ハゲ山」だらけ
冷静に考えると、日本が海外から木材を大量に輸入している状況には違和感があります。これだけ森林があるのですから、そこに人間が適切なペースで寄り添っていれば木は育ちます。ところが、日本では効率性を重視する皆伐が進んでいます。皆伐とは、木を一気に伐採してしまうこと。特定の場所にある木を全て切るので、ハゲ山になってしまいます。日本の森にはそこらじゅうにハゲ山ができてしまっています。
対して、全てを伐採するのではなく、森の中の木を梳くように伐採する間伐という方法があります。木が密集していて光や栄養が届かないなどの場合、周辺の木を伐採するのです。間伐では、森の環境を守りながら、適切に木材を調達することができます。それでも、「どの木を切り、残るか」という判断が生じる分だけ、時間がかかる。効率が重視さした結果、皆伐ばかりが実施されているのです。
なぜ、皆伐が止まらないのか。
それは、コストをかけて間伐をしたとしても、木を適切な値段で買い取るルートがほとんど存在しないからです。大切に育てた木であっても、輸入材の普及などによって国産材の需要は低いのが現場で、買い叩かれてしまいます。使い道がない、あるいは安く買われてしまうため、伐採にコストをかけるわけにいかず、皆伐になってしまうのです。
逆に、国産材を高価で買い取るルートが存在したらどうでしょうか。
適切な販売ルートを構築できれば、間伐を基本として、森を守りながら林業を営んでいけるはずです。そうした考えから、SHIROは木材が適切な価格で販売されるルートをつくろうと奮闘しています。建築家や大工さんが森に入り、木こりさんから木材を直接購入するルートを開拓したいのです。
たとえば、今年4月に北海道の長沼町にオープンした一棟貸しの宿泊施設、MAISON SHIROはすべて木こりさんから木材を購入して建設しました。MAISON SHIROは、森の都合に合わせた宿泊施設です。建築にあった木を切るのではなく、間伐すべき木を先に選んでから、それに合わせて使い道を考えました。
そうして生まれたMAISON SHIROに宿泊していただき、興味を持てくださった人が森に入って、自由に木の利用方法を考えられるようになったら、少しずつ状況が変わるかもしれません。そうして木こりの方々や山主に正しく対価が支払われるようになれば、森が整っていくはずです。
森が教えてくれること
森に入ると、どこか清々しい気持ちになります。
なんとなく想像できると思いますが、すごく気持ちのいい場所です。
たくましく育つ木々の中に身を置くと、自分の悩みがちっぽけに思えてくるし、もっと頑張ってみようとポジティブな気持ちにもなれます。多様な植物が生態系を成している光景を見ると、他人との比較に意味はなくて、自分らしく生きることを肯定されている気分にもなれる。たくさんのことを受け取れる場所なので、もっと多くの人に森の素晴らしさを知ってほしいと思います。
そのためには、気軽に入れる森を増やしていきたい。
でも、実現することは簡単ではありません。そもそも、多くの森には所有主がいるため、基本的には勝手に入ることはできません。では、企業が森を保有して解放すれば良いかというと、そもそも「森に入る」価値観がないため、人が集まりにくいでしょう。「100ヘクタールの森を開放します」といったところで、いったいどれくらいの人が訪れるでしょうか。
今、SHIROが考えているのは、いきなり森を解放するのではなく、「木に興味を持ってもらう」ことです。いつもご飯を食べているテーブルは、どんな木からつくられているんだろう。普段仕事をしているデスクは、誰が育てて、誰が切り出した木でつくられているんだろう。
疑問のきっかけをつくり、その先に森や日本の森林資源について興味を持ってもらう。
そうして森が身近な存在になっていくことで、少しずつ森を取り巻く環境が変わって行くはずです。今はどうしても、ほとんどの事が人間都合で考えられています。もちろん、人間が過ごしやすいことは大切です、でも、もう少し森の都合、自然の都合に合わせて行くことはできないか。人間の都合と地球の都合をすり合わせていけないかとも思うのです。
こうした人間と森の関係を学ぶきっかけになったのが、ドイツへの旅でした。
「森林は国土の最もよい装飾である」という言葉があるほど、ドイツは森との関係性が深い国です。ドイツと森の関係性から、私たちがどう自然と接していけばいいのか、一緒に考えたいと思います。
(編集サポート:泉秀一、小原光史、バナーデザイン:3KG 佐々木信)