山岡鉄次物語 父母編7-6
《 家族6》毒婦
☆頼正は珠恵の不安を知りながらも、妹の面倒を見ることにするのだ。
八須子の登場は、珠恵にとっては厄介ごとの始まり以外にない。
頼正と珠恵がまだ新婚の頃、塩川の実家では家族と同居していた。
珠恵は大家族との同居は覚悟があったので、それほど悩まされなかったが、八須子だけは困った娘で手に負えなかった。
珠恵は八須子に何回となく嫌な思いをさせられた。思い出すだけで気分が悪くなる。
はたして、成人した八須子は少しは大人になったのだろうか、人に気を使う事が出来るようになったのだろうか。
頼正の直ぐ下の妹八須子は気の強い性格で、人に対していつも配慮に欠けた毒のある物言いをしていた。そんな八須子も大人の恋をする年頃、適齢期を迎えていた。
頼正は八須子がいつもと様子が違い、深く悩んだ面持ちで現れたので、事情を聞いてやることにしたのだ。
八須子の話は妻子有る男との許されない恋愛の話だった。この男は河間民夫といって、塩川市の隣町出身だという。
この男民夫と結ばれたいと強く願っていた八須子は、民夫の事を実家の両親に相談出来ずに、兄頼正を頼って来たのだった。
河間民夫は埼玉県で所帯を持っていたが、民夫の実家のある塩川の隣町に来ていた時に、八須子と知り合った。
この頃の民夫は行商をしていた。
民夫は当初、ヤミ市で軍の放出品や横流し品を扱う商売をしていた。物の取引が自由化され、朝鮮戦争などによる戦後復興が進み、ヤミ市が減り始めると商売を止めた。
その後は生活必需品の他雑多な品物を扱い、物売りに毛が生えた程度の行商をしている。
民夫が行商の途中で塩川に来る度に、八須子は不倫愛にのめり込んでいったのだ。
民夫には一人息子がいたが、八須子の望みで別れ話を進めていた。
八須子は息子の面倒をみる事を覚悟し、自分の思い通り民夫を手に入れたかった。
八須子の人に対する遠慮なしの性格が、略奪愛を成就させようとしていた。
私、山岡鉄次にとって八須子は叔母の一人だが、同じ街で生きてきた関係で、八須子の性格は認識している。
鉄次が交際中の妻との間で結婚話を進めていた時、たいして障害にはならなかったが、八須子は妻の実家に鉄次の家の事を、有ること無いこと悪い話を、吹聴していたことがあった。親戚の人間のすることでは無いと思った。
またこの後、八須子が自分の子供を育て上げた頃、既に壮年となった民夫は3年間家を留守にしていた事があった。
民夫は、山岡家の遠い親戚の適齢期を疾うに過ぎた年の行った女と、諏訪湖畔で知りあった。民夫はこの女のところに転がり込んで、再び不倫の生活を送ったのだ。
3年後、諏訪から戻った民夫は古物商をしながら、八須子のもとで改めて日常の生活を送るが、数年後自衛隊の演習場から拾って保管していた不発弾で、爆死する。
何とも言えない出来事だった。
民夫と民夫の妻の間に離婚が成立するまでの間、八須子と民夫は頼正家族と同居する事になった。
夫の妹の事ではあるが、八須子の性格を知っている珠恵は、自分の大事な家族の平和な生活を乱されるかもしれないと思い、心が痛んで落ち着かなかった。
同居生活がしばらく続いた。
八須子の珠恵に対しての態度は相変わらずで、性格は全く変わっていなかったのだ。
珠恵は八須子の毒のある言葉の暴力を受けたり、八須子達が原因で家計にかかわる夫婦の揉め事が起きても、家の陰で一人涙するしかなかった。
ある日離婚が成立した民夫が、頼正と珠恵の長女睦美と同じ歳の男の子、圭一を連れてやって来た。
この事を機に、頼正は八須子達に借家ながら住まいと所帯道具を用意してやり、独立の手助けをしてやるのだった。