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女神さまの焦燥

#4「愛が枯れる時」

愛には容量があります。もう一度生まれ変わっても、きっとまた一緒になろうねと誓い合う夫婦もあれば、朝起きてきた夫の顔を見ただけで胃液が上がってくるあなたのような人もいます。神様の前でとこしえの愛を誓ったその舌は、今では何枚あるのか分かりません。あなたは昨夜食べ残した、油の回った天婦羅のような夫の匂いを浄化しようと、友達をランチに誘います。夫が何とか安く上げようとしている昼休みに、あなたと友達は分不相応なランチを、臆するそぶりを押し隠して平然と注文します。「私たちの普段の労働を換算すれば、この程度の報酬は当然よね」と旧知の友と毎回同じ言い訳をします。「私の人生最大の間違いは、あの人と結婚したことだと思うわ」・・・「あなたの旦那様は誠実で素敵な人だと思うわ。うちの外面がいいだけのお調子者に比べたら」このようないつものやり取りも、最終的には同じ立ち位置になるよう帳尻を合わせなければなりません。「あなたの亭主とうちの宿六を足して何とか一人前の男ってとこかしら」・・・「見てハンサムなコックさんがいるわ。誘惑してみようかしら」あなたたちはできもしない妄想を胸に家路に就きます。夕食の支度をしながら、あなたは何ら変わり映えのしない怠惰な日常に不機嫌になります。「いつものようにうだつの上がらぬ夫が帰ってくる…」喉元に詰まって不快な愚痴をため息に変えていると、夫が帰宅します。彼は妙な含み笑いをしながらあなたに近づき、いかにも不器用に背中に隠していた小さな鉢植えの、淡いピンクのシクラメンを差し出します。雨の日も風の日も、家族のために懸命に働いてきたこの賢者は、結婚記念日の今日、ささやかなプレゼントを買って帰ったのであります。あなたは今日が何の日なのか覚えていませんから、夫の不審な行動を怪しみます。どうやらうだつの上がらないのはあなたの方ですね。

ちなみに彼の選んだその可憐な花の花言葉は、「憧れ、内気、はにかみ」であります。

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