
辰 松竹大歌舞伎巡業 『引窓』『身替座禅』 <白梅の芝居見物記>
中村錦之助丈・中村隼人丈を中心に、決して大きな一座とは言えないながら、地方の方にも大歌舞伎の味わいを知って頂くのに十分なしっかりした芝居となっていて楽しませて頂きました。
ご挨拶の工夫
舞台の幕外で隼人丈の「挨拶」からはじまるのですが、大きな歓声が沸き起こったので何事かと思いきや、客席を通って隼人丈が登場。観客と握手をしたりコミュニケーションをとりながらですが、黄色い声が聞こえる程で、観客は大喜び。
すっかり観客の心をつかんだ上で、芝居の大筋を解説する間にお客様にスマートフォンの電源を入れていただき、撮影タイムとなりました。
「#歌舞伎みたよ」を付けての歌舞伎見物発信が促されます。
たしかSNS活用は隼人丈が始められたことだったかと思います。今時はとても効果的で楽しい宣伝方法であり、芝居見物の楽しみの一つになっているのではないかと思います。
撮影タイムが終わると、スマホの電源を切ることを念入りに観客にお願いしてくださり、その効果があってか芝居途中の耳障りな音が聞こえることもなく、一石二鳥と言えるかもしれません。
「挨拶」の後、休憩を挟まずにすぐ舞台がはじまります。
『引窓』南与兵衛を演じる隼人丈ですが、自身が紋付き袴から与兵衛に「早替り」をして舞台に登場することをアピールしての退場も楽しく、観客を芝居の世界に誘う効果的な工夫となっているように思われました。
双蝶々曲輪日記 引窓
錦之助丈の濡髪。比較的大柄な市川笑三郎丈の女房お早と上村吉弥丈の母お幸の間に挟まれ、はじめは相撲取りとしては小兵に見えて少し損な配役かもしれないと思われましたが、やはりベテランらしく存在感の大きさと手堅い芝居が光って、そんなことも自然と気にならなくなりました。
博多座での休演が伝えられていたので、心配をしていたのですが、お元気な舞台を拝見出来てなによりです。
隼人丈は浅草での『引窓』より格段に成長されているのを感じました。まだこなれていない部分、上方歌舞伎の難しさを感じさせる部分もあるのですが、役の性根をしっかり据えての芝居をされているので、一つ一つの思い入れが生きて観客に伝わってくるようになっていました。
吉弥丈、笑三郎丈も含め、お一人お一人はきちんとした芝居をなさっているのですが、全体としてまだ義太夫狂言としては纏まりきれておらずこなれていないことは確かです。ただ、きちんとした義太夫の芝居の面白さを出そうとされている意識がはっきり見てとれるので、巡業を通して一座としてさらにいい芝居に成長させていっていただけるものと期待申し上げています。
中村蝶一郎丈の平岡丹平と上村吉太朗丈の三原伝造。吉太朗丈が一生懸命演じている姿はとても微笑ましいのですが‥。またこの二人侍、最近は端敵的芝居をされる方も少ないという印象ですが‥。蝶一郎丈の丹平は地味で敵役的クセのある味わいが全くなく、伝造にいたっては真面目な好青年とも言える雰囲気でした。必ずどう演じるべき役とも言えないのかも知れませんが‥。本来でしたら、こうした役所にまで座頭としては目配せすべきなのかもしれない、と演出家がいない歌舞伎芝居のまとめ方に関して少し考えさせられるところはありました。
身替座禅
能楽における狂言の「花子」を歌舞伎舞踊化した作品。
やはりなんといっても錦之助丈の奥方玉の井で、下卑た所がなく品格がありながら喜劇味が十分あって大変面白く拝見しました。
吉太朗丈の侍女千枝の一つ一つの動作が丁寧できちんとして美しく舞台に花を添えていました。上村折之助丈の侍女小枝は若い役者と並ぶとソンなように思われますが、そこは芸の力で若い役者に負けない魅力がもっと出てくることを望みたいところです。
市川青虎丈の太郎冠者、松羽目の舞踊ではありますが、もう少し役者としても舞踊としても青虎丈ならではの色や味わいという個性が出てくることを期待したく思います。
隼人丈の右京ですが、幹部俳優達の素晴らしい舞台が目に焼き付いている観客にとっては物足りなさが残るのは仕方がないこと‥。ただ、品格を保ち舞踊としても丁寧に踊り込んでいらっしゃることがわかる舞台で、楽しく拝見させて頂きました。
観客サービスへの期待
今回、一つ希望として感じたことは、興行の仕組みがよくわかってないので無理なことなのかもしれないですが、中村獅童丈の時は筋書きの販売がなく無料の簡易なパンフレットが配られたのが大変ありがたく、いい試みであったと私には思われました。獅童丈の時、芝居の前や幕間に熱心に読んでいる方が思ったより多く言い試みであることを実感しました。
有料の立派な筋書が欲しいと思われる方もいらっしゃるのかもしれません。が、せっかくなかなか大劇場に歌舞伎を見に来れない地方の方々に廉価でご覧いただいているのですから、見物しに来られた全ての方々の手元に、歌舞伎や歌舞伎役者さんを身近に感じるものが残って欲しいという気持ちはあります。ちょっとしたパンフレットがお土産がわりとなり、身近な方々への土産話の一助となれば宣伝効果もあるのではないでしょうか。一考していただきたいサービスだと私は思います。
2024.11.2