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精神科デイひまわり恋愛相談室

フクダさんに出会ったのはとある精神科デイケアで過ごしていたときだった。彼は記憶によれば私の父よりは若いくらいの年齢だった。
私よりあとにデイに通所し始めたひとだったがその場に馴染むのはかなり早かった。麻雀や料理プログラムによく参加していた。そのうちみんなにフクちゃん、フクちゃんと呼ばれて慕われはじめた。私はフクダさんと呼んでいた。フクダさんは私のことはサクラちゃんと苗字にちゃん付けで呼んでいた。でも、仲はかなり良かった。精神科デイでの日常が少し変わったのは多分フクダさんのおかげだと思う。とある日は新聞紙を棒状に丸めてチャンバラしたり、麻雀を教えてもらったり。
フクダさんの好きな話題というとデイのスタッフが美人でどうとか恋愛がどうとかそういったことだった。

「俺、恋愛相談でもやろうかな」

「いったいどこでやるんですか?」

「ここ」

精神科デイで勝手に恋愛相談室をやろうというのか。私は思った。あんた、素人じゃねぇか。

「精神科デイひまわり恋愛相談室」

ふと、私が呟いた。

「いいねー!!!サクラちゃんはどう?恋愛方面は」

「ないこともない」

「おお」

「好きな人ができたんですよねー」

「何してる人?」

「メーカーだって」

「ふーん」

私はこのときSNSでしかやり取りしたことのない男に入れ込んでいた。ちょっと仲良くなって通話などをしていたが、複雑な気持ちもあった。今思えば言動がきつかったことや粗雑に扱われることが多かったことが原因だ。

「前にもいい人いたんじゃなかった?」

「ああ、フリーライターの人」

「フリーランスってのは無職と紙一重だからやめてよかったんじゃない?」

「バシバシ言いますね」

「アドバイスが売りなのよ、俺の恋愛相談室は」

フクダさんは被っていた黒いキャップを直した。服装はおしゃれに気を使う人で大体ビームスだった。地黒の肌と黒縁のメガネ。年齢問わず慕われるコミュニケーション能力の高さと手先の器用さはピカイチなのだが、実生活についてはあまり聞かなかった。元々私がそういったことには立ち入らないようにしていた。精神科デイでうまくやっていくにはそれくらいの配慮ができないと諍いが生まれたりする。ひまわりは特にそうだ。部屋のスペースの割に人数がかなりいるし、人気の精神科デイだ。症状は比較的軽い人が多い。こういった場所でうつなどで寝たきりの状態の人はそもそも来られないので、軽い人が多いという印象だ。見た目である程度は症状の良し悪しは判断できる。髪が乱れていたり、清潔感がなかったり、服装が奇抜だったり。私もフクダさんと出会った頃は現在よりも症状がよくなかったので髪がボサついていたし、化粧する日としない日でまばらだった。しかしそういったことに触れずフクダさんは丁寧に優しく接してくれた。まあ少しうるさくしすぎてスタッフに叱られることはあったが。
恋愛、というとフクダさんが一番気にしていたことはバレンタインである。

「俺はね、毎年たくさんもらう予定だからトラック用意して待ってるよ」

それ去年も聞いたな、と思いながら私はケタケタ笑った。そのネタはフクダさんのお得意なのだが、周りにかなりバカウケする。そしてバレンタイン当日はチョコの数を聞くのがお決まりである。

「フクダさん、今年チョコはもらえましたか?トラック用意したんでしょ?」

「いや、もう用意して損だよ〜!もらえないよ」

「あげたくてもあげられないルールですからねひまわりでは」

「そうね」

そうやって笑い飛ばす時間はかけがえのないものであった。
しかし、フクダさんの表情に翳りが出始めた日があった。

「フクちゃん、なんか元気ないね」

フクダさんと仲のいいスルガさんが訝しげに言った。スルガさんとも私は話すことは多かった。私とスルガさんはフクダさんの浮かない表情に顔を見合わせる。

「俺ね、離婚したの!そんだけ」

スルガさんは少し内情を知っていたふうだったが、私は知らなかった。そもそも既婚者だったのか。

「嫁さんも疾患持ちだからさ、怒らせるとすごくて。言い返したりしないんだけど。俺限界だったの。一人になった。息子には会いに行くけど」

何も言えなくなった。スルガさんは、「一人暮らしするの?」と話題の方向性を変えた。

「そ、一人暮らし。納得の結果だから」

「フクちゃんさあ、前に話は聞いてたけどそりゃあ仕方ないよなあ。辛いのはフクちゃんじゃんかぁ」

この場にスルガさんがいて助かった。

「何かあったかいものでも飲みます?」

私はようやっと口を開いた。

「ありがとう、でも下で一本吸ってくるよ」

そっとしたほうがいいのだろうなと思った。一服して気がおさまるならその方が良かった。
それからフクダさんは時折一人暮らしを寂しがっていたが、プライベートについて話してくれるようになった。お金がないから朝ごはんあんまり食べないとか、テレビがないからスマホで観てるとか。そういった日常の話は増えた。ちらっと息子さんの話もした。サッカーが好きでこの前一緒にボールを蹴ったと嬉々として話していた。

「ところでサクラちゃん最近どう」

フクダさんがどう?と私に聞いたときは大体恋愛話である。

「実は今まで彼氏がいたことなかったんですけどやっと最近彼氏ができました」

「へぇ〜よかったね!!!どんな人?」

「年下でまだ学生です」

「学生なんだー、意外だね」

恋愛にかんしては自由人なのか学生であることにやっかみを入れることはなく、フクダさんはただニコニコしていた。

「恋愛相談やっぱり俺向いてるかなあ」

「依頼者探しますかー」

「探そう」

フクダさんがニカッと笑った。

「おっと行けねー、そろそろ下で吸ってくる」

「いってらっしゃい」

「あいよー」

フクダさんはこちらを振り返ってから扉を開けた。その後ろ姿はなんとなくだが以前よりも背筋が伸びている気がした。

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