児童文学【笑って、ふく太郎!】(中編2)
「わらって、わらって」
ぼくはふく太郎に声をかけた。
店から家についたばかりのとき、ふく太郎はひどくおびえていた。あの日にぼくがはじめてかけた言葉が、今ではリラックスするためのおまじないになっている。
ふく太郎は石田くんの顔を見てびくんとおどろいたが、すぐに、
「ジョージョー」
あまえた声で鳴きはじめた。
「かわいいなぁ」
石田くんはため息まじりにつぶやいて、目を細めた。
「名前は、ゆう介がきめたのか?」
「うん」
ぼくはランドセルをおろした。
「だいだい色のほおを見ていたら思いついたんだ。お日さまみたいにふくふくしているだろう?」
ぼくが真顔でせつめいすると、石田くんはわらいだした。
「この子、まだオスだときまったわけじゃないだろう。女の子だったらどうするんだ。ふく子ちゃん?」
そうなのだ。桜井さんも、ヒナがもうすこし大きくならないと性別はわからないといっていた。それでも、ぼくはぜったいに男の子だと思った。
おなじ時期にうまれた手乗り候補のオカメインコはたくさんいた。すでに低い位置の止まり木にとまっている子も、金網によじのぼっている子もいた。
ふく太郎はうごきまわるみんなのじゃまにならないように、かごのすみでちぢこまっていた。女の子に特等席をゆずるようなやさしい目をしていた。
と、そこに、
コンコン
母さんがおぼんを持ってやってきた。
「ふくちゃんのごはんと、ゆうちゃんたちのおやつですよ」
ぼくはてれくさくなって、ふく太郎のねり餌と、おやつのオレンジジュースとロールケーキののったおぼんをうけとると、母さんをおいだした。
それから、さし餌用のプラスチックの注射器にねり餌をつめると、かごをあけて、マシュマロみたいにやわらかいふく太郎を手のひらでつつみこんだ。
「ジョージョージョー」
ふく太郎は、ますます大きな声でごはんをほしがった。
ぼくは桜井さんから教わったとおりに、注射器のさきにつけたチューブを、ふく太郎のクチバシからおくへさしこんだ。そして、親指のはらでゆっくり注射器をおした。
「うまいじゃん」
石田くんは、ぼくの手もとをのぞきこみながらほめてくれた。
ふく太郎は黒いひとみをとじたりあけたりしながら、さし餌がおわるのをおりこうさんにまった。注射器がからになると、ぼくはチューブをやさしくひきぬいた。
クチバシについたねり餌を指さきでぬぐってとってやると、ふく太郎はぼくの指をあまがみした。石田くんが見ているのに、思わず顔がにやけてしまう。
「なんで、オカメインコを飼ったことをすぐに教えてくれなかったんだ?」
石田くんの声はちょっとすねていた。
「いや、あの、その、クラスの中でうわさになったら、みんなが家におしよせて、ふく太郎がびっくりするだろうから」
ぼくはうそをついた。
オカメインコを飼いたいと思った理由はただ一つだ。
友だちがほしかったのだ。ひっこしをくりかえしてもはなればなれにならない友だちが。
ふく太郎が家にやってきたとき、ぼくはこれでもうひとりぼっちにならないんだとうれしかった。だから、ぼくの中でクラスメイトの存在はますますうすくなった。
「そっか」
石田くんは、ぼくのうそにきがつかなかった。それどころか、おれには教えてくれてありがとうと、ぼくに礼をいった。石田くんはつけっぱなしのエアコンを見た。
「うちの母ちゃんは、電化製品の電源をきって歩くのが趣味なんだ。節約、節電っていいながら」
ぼくはふく太郎をかごにもどした。
まだ幼いので長時間外にだしているとつかれてしまう。おなかがふくれてねむたそうにしているふく太郎の体に、新聞紙をたっぷりかけてやる。
「やっぱり、こういう環境でないとダメなんだよな」
石田くんはぼくの部屋を見まわすと、ぽつりとつぶやいた。
*
カレンダーは十一月になって、ふく太郎が家にやってきてから一ヶ月がすぎた。尾羽もずいぶん長くなった。そろそろ、さし餌からひとり餌にかえなければいけない。
かごの中には一番低い位置に止まり木もいれた。小さな皿を四つならべて、粟の穂、皮つき餌、えん麦、水をいれてある。菜っ葉さしには、コマツナもわすれない。
それでも、
「ジョージョー」
ふく太郎はさし餌をねだった。
「せいしゅくに」
ぼくは、手のひらの中のふく太郎にむかって指をたてた。
「ジョー……?」
「これから、判決をいいわたします」
人差し指を左右にゆらすと、ふく太郎の顔も左右にゆれた。ちんちくりんだった頭の黄色の冠羽も、いっちょうまえに、ぴーんととがってきた。
「きみは、もう、ひとりでごはんを食べられるでしょう」
すると、ふく太郎は、なんでごはんをくれないのというふうに、ぼくを見つめた。
黒いひとみは、こころなしかうるんでいるようにも見える。ぼくは友だちを泣かせてしまったみたいに、むねのおくが、ぎゅっといたくなった。
「わらって、わらって」
あわてて声をかける。
しかたなく、注射器のさきのチューブをはずして、クチバシのすきまから食べさせるようにねり餌をあたえた。ふく太郎は、いっしょうけんめい舌をうごかした。
直接そのうとよばれる鳥の胃袋に餌をながしこんでいたときよりも、ふく太郎のしぐさはかわいい。しかし、今回はにやけている場合ではない。
「こまったなぁ……」
ぼくは、あまえんぼうのふく太郎を見つめた。オカメインコはいつまでもさし餌をつづけると、そのうが炎症をおこす病気になりやすいと、桜井さんに教わった。
と、家のインターフォンが鳴った。
ふく太郎がおどろいて、短い冠羽をぴーんと立てた。
今日は祝日だから、父さんも母さんも家にいる。ぼくはむかえにいかなくても、休みの日の朝っぱらからやってくる人物をわかっていた。
「あら、いらっしゃい」
母さんもなれたものだ。
まもなく、外側からドアがあいて、石田くんが顔をだした。
「ふく太郎、おはよう」
「ひでくん、ぼくよりさきにふく太郎にあいさつするんだね」
「そういうなよ」
ぼくが口をとがらせると、石田くんはスポーツ刈りの頭をぽりぽりかいた。一ヶ月のあいだ、ほぼ毎日、石田くんはふく太郎を見にやってきた。
ぼくは石田くんのことを、しぜんに、ひでくんとよべるようになっていた。
「どうだ、ふく太郎はひとりでごはんを食べられた?」
「ううん」
ぼくは首をよこにふった。
「そっか」
とうのふく太郎は、ぼくの太ももの上にとまって、すっかりくつろいで羽づくろいをはじめた。クチバシのさきで、ていねいに一枚ずつ羽をなでている。
性別は、ぼくの予想通りオスだった。
成長するにともない、顔の黄色があざやかになって、ほおのまるいだいだい色はこくなった。尾羽にあったまだら模様もなくなってグレー一色になっている。
オカメインコのオスのとくちょうだ。
「ゆう介、これから、桜井さんのところへいかないか?」
石田くんは提案した。
「ひとり餌のことを相談してみようよ。それに、木のおもちゃも買った方がいい。ひとりであそべるように」
「うん、わかった」
ぼくはまだパジャマのままだった。着替えるために、石田くんに、ふく太郎をわたそうとした。すると、石田くんは、どういうわけか、身をひいてにげた。
ぼくは首をかしげた。
そういえば、石田くんはふく太郎のめんどうをすすんでみてくれるが、かごをあらったり、ねり餌をつくったりするだけで、ふく太郎にふれようとしない。
ふく太郎は、石田くんの顔をおぼえた。かみついたりしないのに。ぼくはふく太郎をかごにもどしてから着替えると、貯金箱をひっくりかえした。
祝日だけあって、オウム専門店はたくさんの客がいた。
ぼくらは、桜井さんの昼のきゅうけい時間をまってはなしをきいてもらった。
桜井さんはサンドイッチをかじりながら、大学ノートをひろげた。
「ふく太郎くんは、十グラムのねり餌をだいたい六時間で消化するみたいね。では、十五グラムでは、何時間後に、そのうがからっぽになるかわかる?」
桜井さんは、算数の問題のような数式をノートに書きだした。
「うげっ」
石田くんが、ぼくをこづいた。
「えっと」
ぼくは、ふく太郎のために脳みそをフル回転させた。十グラムを消化するのに六時間かかるということは、半分の五グラムなら三時間、だから十五グラムでは……、
「く、九時間?」
「正解よ」
桜井さんがにっこりわらった。
「今みたいに計算して、ねり餌をあげて。それで、ふく太郎くんのそのうがからっぽになる時間になったら、さらに、一、二時間あけるようにするの」「でも、それじゃあ、ふく太郎はおなかをすかせてしまうよ」
ぼくが反論すると、
「それが目的よ」
桜井さんはノートをとじた。
「あまえんぼうのはらぺこくんは、自分からごはんを食べようというきもちになるかもしれないでしょう?」
ぼくは大きくうなずいた。
それを見て、石田くんは、よしっと立ちあがった。
「ゆう介がふく太郎のおもちゃをえらんでいるあいだ、おれは、桜井さんのお手伝いをするよ」
「そんなことしなくてもいいわ。今日は、金曜日じゃないし」
石田くんは、桜井さんがとめるのもきかずに、うら口から外にでていった。
「事情は、きいているわよね?」
桜井さんは、ぼくにむきなおった。
「ジジョウ?」
ぼくがたずねると、桜井さんは意外そうな顔をした。それから、こういうことは本人の口からきいた方がいいと思うけれどと、前おきして教えてくれた。
「ひでくんは、飼っていたオカメインコのひなを、五ヶ月で死なせてしまったことを後悔しているのよ」
「えっ?」
「春に生まれたひなだったから、奥野くんが転校してくる前のことよ。それ以来、ひなが死んだ金曜日に、かごをあらいにきてくれるの。ツグナイだといっていたわ」
きゅうけい時間がおわり、桜井さんは立ちあがった。
「さてと、ゆうくんは、おもちゃをえらんでいってね」
ぼくは、桜井さんといっしょに店内へもどった。オカメインコ用のおもちゃはたくさんあった。
ブランコ、はしご、鈴のついたよじのぼるひも。
けれども、ぼくはたのしいきもちになれなかった。石田くんがふく太郎にさわらない理由がわかった。
万に一つ死なせてしまうのがこわいからだ。
(ふく太郎が死ぬだって?)
考えただけで、むかむかと、はらがたってきた。
石田くんは、ふく太郎が死にやしないかとしんぱいで、ほうっておけずに、ぼくの家にかよっていたのだ。ぼくをうらやんで、あそびにきていたわけではなかった。
(死ぬわけがないだろう)
オカメインコの寿命は、平均十五年だときいた。ふく太郎が死ぬのはまだまださきのことだ。だいたい、ぼくの友だちが死ぬところなんて想像したくもない。
ぼくは、鏡のついたブランコを手にとってかごにいれた。レジにむかいかけて、粟の穂がすくないことを思いだして追加すると、そばにあった塩土もいれた。
レジにいたのは桜井さんではなく、男性店員だった。
「これ、ください」
ぼくは会計をすませると、石田くんをのこして店をあとにした。
*
次の日、ぼくは石田くんと一言も口をきかなかった。
授業がおわると、
「なにをおこっているんだよ」
しつこくおいかけてくる石田くんをふりきって教室をでた。
すると、どういうわけか上級生たちにまちぶせされていた。見たことのない顔に、ぼくはあとずさった。
「おいっ、石田!」
上級生のひとりが、ぼくのうしろの石田くんに声をかけた。
「あっ」
石田くんはきまずそうな顔をした。
「一ヶ月も部活を休んでいるけど、どういうつもりだ」
どうやら上級生たちはサッカー部のせんぱいのようだった。
最近、石田くんはずっとぼくの家にかよっていたから、サッカー部の練習にでていない。
「今日は、部活にくるよな? 練習試合なのにメンバーがたりないんだ」
せんぱいはおどかすようにいうと、石田くんをにらんだ。
ぼくは息をひそめて、この場からにげだすタイミングをうかがった。石田くんさえぼくのうしろにかくれていなければかんけいのないはなしだ。
「ほら、いけよ」
ぼくは、石田くんをせんぱいたちの方へつきだした。
そのまま立ちさろうとすると、
「ちょっとまてよ。おまえ転校生か? 背が高いなぁ」
小太りのせんぱいがぼくを見あげた。
「部活は、はいったのか?」
「いいえ」
「ちょうどいいじゃん。おまえ、キーパーをやってみないか?」
続く(3へ)