こんなにも空が青い日に

抜けるような青い空に、もくもくと立体的な雲が我が物顔で居座っている。ぎらぎらと照りつける太陽と、遠い場所で鳴る風鈴の音。
なぜか、この時期の土日休みがほかの季節よりも楽しい気分になるのは、私の中に残る夏休みの残滓のおかげなのだろうか。
そんなことをつらつら考えながら、木陰を歩く。境内までの道は、緑が多いお陰か日向よりも涼しい。長い参道を吹き抜ける風に、目を細める。
胸元にぶら下げた守袋が、ゆらゆらと揺れた。
その時、ひときわ強い風が吹いて、私の被っていた帽子がとばされた。焦げ茶色の帽子がコロコロと、鳥居に向かって転がっていく。
そんなに遠くまでは飛ばされないだろうと高をくくっていたが、帽子が思いの外勢いよく転がってしまい慌てた。

(この神社、こんなに風が強いことがあっただろうか…?)

幼少期から通っていた神社の、小さな違和感。その違和感は、鳥居の近くで止まった帽子を拾い上げた人物を見てさらに膨らんだ。
緋色の袴に白い着物。いわゆる巫女装束のその人物は、真っ白の髪の毛を無造作に結わえている。凛と伸びる背中と、拾い上げられた帽子。
記憶の底の、忘れたはずの何かが酷く刺激される。ミンミンと蝉が五月蠅い。

ゆっくりと、目の前のその人がこちらを振り向く。その顔は果たして、私が思い浮かべていた通りのものだった。白髪に似合わない、若々しく端正な顔。そして、煌々と光る紅い瞳。

ーおにいさん、ぼうしありがとうー

あれは、こんな夏の日だった気がする。

ーどうしたの?なんでそんなにびっくりしてるの?ー

私は神社で帽子を拾ってもらって。

ー?みえるよ?へんなおにいさんー

約束をした気がする。

私の奥底にたゆたっていた記憶が、どんどん浮上していく。あの約束をした後、家に帰って祖母に神社での出来事を話すと血相を変えていた。
そして、祖母の古くからの友人がやってきて、決して身から離すなと守袋を手渡されたのだ。
首から下げていた守袋を見やると、それはズタズタに引き裂かれていた。

「おかえり」

とろけるような声色に思わず顔を上げた。人間にはあり得ない、鮮やかな紅がうれしそうに細められている。それは、蛇が獲物をみる目に似ていた。
ああ、また出遭ってしまったのだと悟った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?