むかしむかしのお話
虹のふもとには宝物がある。
祖父から聞いたおとぎ話を、本気にしたわけではない。
しかし、あまりにもくっきりとした虹を空に見つけてしまったので、思わずふもとを見てみたくなったのだ。
幸いにも、自分はかなり強いので、かすり傷一つ負わない自信がある。そんな自信に後押しされ、俺は家を飛び出した。
うっそうとした森を越えしばらくすると、周りにごつごつとした岩が目立ってきた。空気は乾燥していて、自分の住処とは全然違うなと周りを見渡す。
虹のふもとは、この乾いた大地の辺りを示していたが、土埃が目立つここに、宝物の気配はない。虹もほとんど消えかけていた。
自分の軽率さにうんざりしながら、これで最後と大きな岩の影を覗き込む。
そこには宝物があった。
正確には宝物のように美しい女の子がいた。
虹は不吉の象徴だ。
私の育った、一年中乾いた村ではそんな言い伝えがあったらしい。誰かに話してもらったことはないので、確信は持てない。
乾いた風が、長い黒髪と美しい装束を揺らす。さんさんと照る太陽は、残酷なまでに明るい。くっきりとした虹を見上げ、少女はため息をつく。
果たしてこの身を、誰からも顧みられないこの身を捧げることに、意味があるのだろうか。伝説にある龍は、この身を平らげ雨を降らしてくれるのだろうか。
「…本当に、龍がやってくるのかしら」
いましめられた両手を、ギラギラと照る太陽にかざす。刹那、目を焼かんばかりの太陽が陰り、風が強くふいた。
舞い上がる砂ぼこりに目をぎゅっとつぶる。風が収まり、細く開いた少女の目が信じがたいものをとらえた。
そこには、真っ白な龍がいた。
海のように青い瞳と、乾いた大地に似た榛色がぶつかる。その瞬間、絶えず流れていた乾いた風がピタリとやんだ。
一挙に生ぬるい風が押し寄せ、黒い雲が蒼天を覆いつくす。
そんな異常には目もくれず、二人は石像のように立ち尽くしている。
空いっぱいに広がった黒雲が、ゴロゴロと唸る。
そんな些末事には耳もかさず、二人はお互いを見つめあう。
黒い雲からぽたぽたと、雫が降り注ぐ。ぽたぽたと、そしてさあさあと。
白い鱗が、黒い髪が、雨をうけて艶やかに光っている。
ああ、あのおとぎ話は(きかせてもらったことのない言い伝えは)。
どうやら正しかった(間違っていた)ようだ。
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