変化
ある角度から見れば進化であっても
別の角度から見れば退化だったりする。
驚くべきスピードで進化しているように感じる時は
驚くべきスピードで退化していっているのだ。
どちらもただの変化でしかないということに気づいたのは
ここ最近の話。
揺蕩うように変化するのか
意図を持って変化するのか。
そのどちらともをそれぞれの、そしてその時々のバランスで
心地良すぎないように、
厳しすぎないように、
自分を保てたらどれだけいいことだろうか。
生活が変わる時というのは
いつだって少しの寂しさと、少しの期待と、
「まぁ結局慣れてしまえばいつも通りになるんだよなぁ」という
ある種の達観がある。
ずっとこのままでいれたらいいのにと思う時ほど
人生の岐路というのはやってきて、
その生活が腹落ちしてくる頃には
また少しずつ状況が変わっていく。
「人生変えていこうぜ!挑戦しようぜ!」という
イケイケドンドンだと疲れてしまう僕は、
結局のところ、41℃くらいのちょっと熱めの浴槽で
ほんのり緊張感がある方が良いのだ。
熱量だけでゴリ押すほどの強引さは苦手だけれど
氷水に身を浸していられるほどの悟りを開いている訳でもない。
本当は38℃くらいのぬるま湯に浸かっていたいのだ。
でもそれじゃ風邪ひいちゃうし。
そんなだらしないやつだからこそ、少し熱めの緊張感が必要だったりする。
すごくドタバタする日々を過ごしたけれど
もう少ししたらそれも落ち着くのかな。
あんまりうまくいかないけれど
何もかもが絶望するほどでもない。
そんなどうしようもない毎日を
僕は愛おしく思う。
たまにうまくいく時が最近はすごく嬉しい。
自転車の練習をしているみたいな日々が嬉しい。
転んでばかりの日々が嬉しい。
昨日よりも少しでも前に進めている日々が嬉しい。
誰にも僕の幸不幸を定義されない。
僕も誰の価値観も否定しない。
自分にしかわからない物差し、ようやく捨てられた気がする。
コマ付きの自転車で調子に乗っていた日々では見つけられないものを
転んで、怪我をしながら掴みにいくんだ。
死んでしまうほどのリスクはいらないけれど
転ばないように安心安全の檻の中にいたって仕方がない。
転ばないためには、まず転ぶ必要がある。
大丈夫。大丈夫。