戦う君のために そのイチ
台風19号がやってきた日
私は濁流を眺めていた。
産まれて初めて見る濁流だった。
茶色い厚みのある水がごうごうと激しく流れていた。
新しい橋に車を止めて私は濁流を眺め続けた。
それには見る者を引き離さない強さがあった。
この河原は私の幼い頃、禁断の場所であった
祖母に1人では絶対行ってはいけない、ときつく言われていた
この川の橋の下
まだ河原に家が建っていた頃の話
私は拾われたのだ。
教えてあげる
従姉は言った
橋の下泣いているあんたをわたし達が見つけたの。あんまり小さくてかわいそうだから、おばあちゃんに頼んでフミエおばちゃんの子どもにしてもらったの、と
祖母の営む旅館で私は居た
祖母と従姉達が私の傍らにまばらにいた
旅館のお客や夕方からの宴会にでる芸者さん達が私のママゴトの相手だった
夕方になると母が迎えに来て父の家に帰った
そんな私には従姉の話は
なかなかよくできた作り話だった。
大人になって
祖母が亡くなった時に2度と会うことはないと思っていた旅館のお客やあの頃の芸者さん、そして従姉達が集まった。
その時、私は橋の下の拾われた子の話を持ちだして私はみんなにひどいよね、と笑った。
すると従姉の1人がひっ、と声を上げて泣き出した。他の従姉が、誰がそんなことあんたに話したの?
あんだけ内緒にしておこう、て約束したのに、と声を荒げた。
みんなのウソつき、おばあちゃんに会いたいと泣く私にみんなが泣いた。
泣きながらみんなで丸いおにぎりを食べた。硬いウメとチーズの入ったおにぎり。こぼしちゃいけないでねぇ、きれいな洋服汚しちゃいけないでねぇ、と誰かが私の首周りにタオルをかける。
バカみたいにでかい鍋に煮たネギだくさんの肉うどんがでてきて、その味がまた甘辛く染みてきて、私は泣いた
泣く私に全部食べたら林檎をむいてやるから泣くなやねぇ、と誰かが言った
林檎まで食べれないよ、と返すと、誰か林檎を擦ってやれ、とうどんをすすりながら言った。
トコトン話しはじめ噛み合わないのだ
あれから
更に大人になった私は時々川を眺めに来る。
戦う君のために、とあの人の声に泣いた私は河原の無くなったここに戻ってきたのだ。
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