誰かのせいじゃない。君のせいでもない。
うまくいかなかった時のお話。
大人になる過程でも。
大人になってからも。
失敗した時によく聞くチクチク言葉たち。
こんなんいくらでも出てきちゃうな(; ・`д・´)
でもね。
ほんとにそうなの?
自分じゃない誰かのせいなの?
本当に?
それとね。
そうやって言ってくる人は、
「自分が悪かった」とか、
「自分も悪かった」とは決して言わないよね?
なんでやろ?
もひとつ。
そうやって「誰かのせい」で片づけたら、
うまくいかなかったことが
うまくいくようになるの?
疑問はつきない。
これに関してはいろいろ考えてきて思うの。
きっとね。
誰のせいでもないんだよ。
誰にだって失敗はある。
失敗なんて、
したくてしてる訳じゃない。
いくら気を付けていても、
たくさん練習を積んでいても、
失敗する時はある。
いつ起きたって不思議じゃないことなんだよ。
だからね。
失敗の原因を誰かに押し付けて、
責めないでいいんじゃないかな?
或いは、
一方的に押し付けられて、
責められなくてもいいんじゃないかな?
たとえば。
失敗したことを、
「 失敗しない作戦 」を考える為の、
途中のステップなんだって考えるのどうだろう?
そしたら、
『誰も辛くない』んじゃないかな?
失敗したことでショックを受けている時に
更に追い詰める真似するんじゃなくて、
「次に同じ失敗をしない方法を一緒に考えよう!」
って言ってくれたら、
きっとお互いに気持ちよく前向きに頑張れる。
ちびっこオカンはそう思うよ(*'▽')ノ
noteの街に来た日にアップした記事
「誰かのせいにすれば楽だけど」の2023春バージョンです( *´艸`)
数年前の私の方が大人な考え方してるんじゃ、、、、💦💦
『 育児って育自だよなぁ 』としみじみ思う、2023の私でした🎵
👇これ
この時の疑問はこちら(以下、記事からの引用)
ちょっと考えてみて欲しい。
新しいことに戸惑うのは当たり前。
上手くいかない事にぶつかるのも当たり前。
大人たちはそういうのをいくつも乗り越えて生きてきた。
そのことで学ぶことも沢山あった。
さて、じゃぁ自分の子に、
”思いどおりに行かない事”と向き合うチャンスが回ってきたら?
――― 痛みから庇って庇って、守りきるのがベストなんだろうか?
思いどおりに行かない事を、
先生のせいにするのは簡単。
嫌なことがあったらとことん相手を嫌いなさい。
相手のせいにしなさい。
君は悪くないからって、、、。
それで、、、いいのかな?
そんなやり方で大人になったら、どんな社会人になるんだろう?
どんな先生でも楽しく過ごせる工夫をする、
どの先生にもいいところがあることを教える、
そういうことも大事なのでは?
それに親が先生の悪口を言ってしまったら、
子どもはますます先生を尊敬できなくなるし、
大人の事も尊敬できなくなるし、
単純なだけに親の思想を真似て、
上から目線で物を見るようになるのでは?
そんなのやだなぁ。
謙虚なのが一番なんて言わないけれど、
自分も相手も大事に思えて、
両方を大事にできる人になってくれたらいいなぁ。
、、、、理想論だけど。
人の親になることで
いろんな人と話すことで
知らない考え方、知らない人生観に会うことが出来る。
ちょっとむっとするようなことがあったくらいで、
相手が自分の思うようにふるまってくれないだけで、
その機会を逃しちゃうの、勿体なくないかな?
本当にどうしようもなく嫌いで、
相手を受けいれるなんて無理なら、
黙って距離を置くのがいいんじゃないかな?
自分が嫌な思いをしたから
相手を傷つけても構わないって、
かなり勝手な理屈だと思うから、
自分の子にはそんな風になって欲しくないな。
なーんて
偉そうなことを書いてしまいましたが、
現在進行形で私も失敗&学びの最中です。
よかったら
試行錯誤しながらお互いに頑張っていきましょう。
わぁ、もうすぐ2000文字💦💦💦💦
長くなっちゃったので、またね~💕
あ!
でもさいごにちょびっとだけ。
優しいお気持はありがたく、ちゃっかり頂く方針にしました💖