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嵐の夜、祈祷、礼拝堂 〜叙事詩『月の鯨』第一の手紙(3)〜

クエクエの祈祷がずっと聞こえていた
海は荒れ 風は吹きすさび
船体が軋んでいる
上下左右にねじれて揺れている
クエクエの声が壁や天井に反響し
渦を巻く木枯みたいに聞こえた
偶像が闇に浮いて見えた
瞬間
あたりが昼間のように明るくなり
轟音がオレの体を貫いていく
オレはベッドを飛び出し
壁に頭を打ちつける

(ドウシタンデ アル?)
クエクエがオレを見ている
(ドウシタンデ アル?)
闇に浮かんだクエクエの顔
密林生まれの黒い同居人がオレを見つめる
(アレテオリマスカ アンサン)
闇に浮きあがる悲しげな眼
(イノリマスカ アンサン)
クエクエの言葉はいつも脱臼している
オレは小馬鹿にされているような気分になる
(アンサン イッショニイノリマスカ)
クエクエは小便小僧の御神像に祈祷を捧げる
呪文は果てしなくつづき
聞いていると怪しげな高揚感につつまれる
胸騒ぎがして
オレは部屋を出た

廊下の灯は消えている
床が揺れてまともに歩けない
手すりにつかまる 掌に汗が滲む
オレは百戦錬磨の海の男
いつからこんな気弱になったのだ
思えばここ数ヶ月が平和過ぎたのだ
甲板で日向ぼっこをして過ごし
ほとんど腑抜けの状態になっていた
あちこちから船員たちの祈祷が聞こえる
東方世界 西方世界 南方世界 北方世界
三千世界の言語が奏でる
淫祠邪教の加持祈祷
オレは動揺する 混乱する
祈り 真言の洪水 神々の氾濫
海の咆哮はたえることがない
オレはオレの神に十字を切る
オレだけの唯一絶対の神に

そのとき
伝令が鐘を鳴らしはじめた
船長が招集をかけているらしい
それぞれの部屋から船員が出てくる
不機嫌極まりない様子で
囚人の群れのように招集場所へ向かう
オレも一緒に向かう
クエクエもオレの後から付いてくる
暗い大きな空洞
ランプの明かりがともる
空洞の前方が光に包まれる
あの壁画が忽然と姿を現した
月の鯨
オレの見たマンダラは夢ではなかった
神々しい月の鯨が世界の中心に描かれ
その同心円上にさまざまな鯨が描かれ
今にも動き出すかと見紛うばかりの迫力
(ミゴトデス アンサン ミゴトデス)
クエクエがうわ言のように呟く
他の船員たちも息を呑んでいた
まるで宇宙を体現したような壁画だ

オレはようやく気づいたのだが
ここは船内に設けられた礼拝堂なのだった
正面には巨大なマンダラ壁画があり
中央に月の鯨
その荘厳な姿は
淫祠邪教の輩をたちまち沈黙させた
マンダラの脇には説教壇が設えられ
いよいよ神父さまが登場する
神父さまは典雅な僧衣を身にまとっていたが
衣服はずぶ濡れ
しかしその眼差しは爛々と輝いていた

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