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潮吹、追跡、噂 〜叙事詩『月の鯨』第一の手紙(6)~

空と海は清澄の気に満ち
銀色のさざ波がうっすらと
しかし常ならぬ確かさで寄せている
はるか前方に聖なる潮があまた噴き上げている
(クジラ アル! クジラ アル!)
クエクエは興奮し 声を枯らして叫ぶ
船員たちはざわつきながら甲板に上がってくる
その数分後に船長が姿を現す
杖をつき からだを揺らしながら
うろついている舟子どもをけちらし
船の際まで歩いていくと
険しい眼で前方を見やる
その眼に光が宿りはじめる
(帆を上げよ!)
船長は舟子どもに命令する
(全ての帆を拡げよ!)
一部しか使われていなかった帆は
たちまちのうちに全てのマストに張られ
白い布が夜空にめいっぱいに拡がり
音を立てて風を受ける
すると船は加速し 疾走し
飛ぶような勢い
帆は後方から斜め上方へと風を受け
船体は軽く浮いていた
船員たちの体も宙に浮くようだった
船がこれほどまでの推進力を持つとは思いもしなかった
それでも前方の鯨群にはなかなか近づかない
(速度を上げよ!)
船長は総員に命じるが風力には限界がある
帆の向きを調整するが効果は限定的だ
それでも船はこれまでにない速度で進んでいる
油断すると振り落とされてしまいそうだ
鯨たちは縦横に列をなし
微妙に位置をずらしつつ
高く低く潮を吹いている
月光に煌々と照らされて
まるで水の演舞のようだ
船は少しずつ鯨に近づいているようだった
ようやく射程に入りつつある
しかしそのとき
潮吹きは示し合わせたように止まった
鯨たちは静かに進んでいたが
いつの間にか姿を消していた
狐につままれたようだった
ゴーストを見ていたのだろうか
月は静かに海面を照らしている
空と海は清澄の気に満ちている

それから数日は何もなかった
平穏な日常がつづいた
しかし
船が落ち着きを取り戻していたある晩
深夜の全く同じ時間帯だった
またしても鯨群が姿を現したのだった
全てのマストに帆を張り 追跡を開始
ところが しばらく進んだところで
鯨群はまたしても忽然と姿を消した
こんなことが二三日置きに繰り返された
摩訶不思議な現象
船員たちの間に噂が広まりはじめていた
「月の鯨」
これは月の鯨の仕業ではないか
そんなまことしやかな噂が囁かれていた
奴は我々を魔境へと導いているのではないか
オレはひとりごちた
(あの鯨群は単なるマッコウクジラだ
 月の鯨は孤高の存在であるはずだ)
左眼の傷がじんじんと痛んだ
月の鯨がオレに語りかけているように思えた


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