入学したこどもと(よく言うと)パンクだったことを思い出した母
感傷に浸る間もなくこどもは小学校に入学した。
こどもの最近の悩みは、
「入学式のれんしゅうはしていない。どうやってやるのか」
「かんじを書かなくてはいけないのか(※まったくかけない。カタカナのことを漢字と言ってるくらい。1階と3階を言い間違ってるくらい。)」
の2点だった。どちらもただ単に杞憂なだけで「大丈夫」と言ってあげても、本人からすると「すめちゃ(自分のこと)わからない。」ということで、通学中は固く私の手を握っていた。
かつ、不安症から知っている人の幻をみているようで、「あっ!●●ちゃん!!●●ちゃん!!」「●くん!●くん!」とまったく知らない人に声を掛けて、違うと驚愕することを繰り返していた。
私は私でもともと不得意な書類の記入とか、手続きとか、もう何を持っていったらいいかわからない!!もはや何を着ていってもいいかわからない!!何時についたらいいのかわからない!!もう世の中がこわい!!といういつもの症状にかられてボーとしているのだが、
そういう時によくやる、曖昧な「オホホ」という表面上のテイストだけを武器になんとか小学校の門を叩いた。
そんな訳で母子は入り口で心細く分かれ、母は体育館に一人向かった。
体育館への道を進みながら、「あっ、この感じ…」と何か心に引っかかるものがあった。
式が始まり、なんとか子供もこっちを全く向かずに入場し(いつも行事で絶対に私のほうを向かない)、
起立、礼、着席し、開始のあいさつが始まったころに、「あっ、、久々の学校のこの感じ…」と再度感じた…。
「戻ってきた!!うわーーーー!」と叫びたくなった。
かつて学生だった頃、無性にこういう式の時に大声を出したくなったり、笑いたくなったり、校舎の窓壊してまわりたいみたいな尾崎豊的な気持ちになることがあった。
そうだ、母はヤベー奴だったんだよ。
厳粛なムードのなか、
「うわーーーー!うけるーーー!学校に戻ってるーーー!!うっひょーーー!!」みたいな心の声が自分の中を駆け巡った。
「ヤバいヤバい叫び出したいーーー!担任の先生がいい人そうだーーー!ウェー―イ!!フ―――!!」「学校やべー!学校やべーーー!」
眠っていた(よく言えば)パンクな血が騒ぐのには数年のブランクは全く関係がない。
「こんな状態であることを誰も気が付かな―――い!!心から笑ってしまいた―――い!!われはパンクやーーー!」
興奮がMAXになる頃に厳粛に式が終わった。(行動に移す前で良かった。)
何も知らない子供はまた明らかに顔を背けて退場していった。
私は現実に戻り、「オホホ…」という風情で拍手をしながら、
「・・・多少間違ってもいい。少し規格と違っていても大丈夫。(こんな母でも卒業した。)・・・きっと楽しくやれるよ。」
と不自然な角度で立ち去る子どもの背中を見守りながら思った。
※帰ってきたらこどもは生まれて初めて「・・・あたまが痛い…」と言って気を失ったように寝てしまった。
きっとNIGHT HEADを使ったんだと思う。