AI 恐怖 理解拒否
田舎者の老人は、目の前にUFOが降り立ったとしても、それを認めようとはしない。恐怖がそうさせるのだ。未知なるものへの恐怖や現状を変える面倒さを避けるため、「夢だった」「勘違いだ」と直面する危機を見て見ぬふりをする。彼らは危機をやり過ごす天才なのだ。
AIの発展がもたらす影響について、肯定的または「よく分からない」と曖昧に受け流す人々。その根底には未知への恐怖がある。しかし、その恐怖を直視しないままでは、本質的な理解や対応が遠のくばかり。
正確な出典は失念してしまったが、「歴史上、自分よりバカに支配された種族はいない。」というのを聴いたことがある。
ディープラーニングという革新的技術によって、人類は後戻りできない地点に足を踏み入れてしまった。AIがさらに優れたAIを生み出す事実が目前に確実にある。これ聴いて恐怖しない奴いる?居たらバカなんだと思う。
孫正義はこれには触れない。彼らはAI技術の可能性を賞賛し、未来の恩恵に目を向けているが、その背後にある危険性を正面から捉える姿勢はあまり見られない。謎。
AIはすでに人間を超えた多くの能力を備えている。そして、この先に待つのはAGIが自らの意志でより優れたAGIを生み出す「自己進化」の時代だ。AIは知能において人間を凌駕し、人類がかつて制御していたはずの技術が、逆に人類の選択肢を制約する存在となる可能性を秘めている。
AIによってミュージシャンやイラストレーター、小説家等が創作意欲を失うとか、サラリーマンがAIに仕事を奪われるとか、言っちゃ悪いがそんな事らはクソどうでもいい事なわけ。それらはまだまだ第一段階。