調べ物メモ:城(キ)とか鞠智(ククチ)とか菊池(キクチ)とか
古代山城ならほかに、吉備の鬼ノ城(きのじょう)や、播磨の亀山(きのやま)にある城山(きのやま)城。大宰府の北、大城山(おおきやま)の大野城(おおのじょう)や、太宰府の南、基山(きざん)の基肄(きい)城とか。山城ではないけれど、太宰府の博多湾側開口部を水で塞ぐ水城(みずき)とか。
ところで、肥後の古代山城鞠智城の「鞠智(ククチ/キクチ)」って、不思議な響きの言葉だと思う。「菊池」「菊地」に通じるらしいけど、菊の花が日本に入ってきたのは奈良時代だから、ククチ/キクチ本来の意味と菊とは関係ないだろう。何だろうな、ククチのほうが古い言葉っぽいけど…と、しつこく検索してたら
魏志倭人伝の「其南有狗奴國男子為王其官有狗古智卑狗不属蜀女王自郡至女王國萬二千餘里(其の南に狗奴国あり。男子を王と為す。其の官に狗古智卑狗あり。女王国には服属していない。狗奴国より女王国まで一万二千余里の距離がある)」の一文の、「狗古智卑狗」を呉音で発音すると「クコチヒク」、それをちょっといじると「ククチヒコ」と読むことができる───!
という説を見つけた。(歴史好きな方のブログに ”早稲田大学名誉教授の水野祐氏の説” として紹介されていたけれど、出典元未確認。)
でもこのやり方だと、尼崎市の久々知(くくち)須佐男神社も、西宮市の公智(くち)神社(祭神は久久能智(くくぬち)神)も、伊勢神宮の摂社久具都比売神社(祭神は久具都比売(くくつひめ)命と久具都比古(くくつひこ)命)も、和名類聚抄にある地名肥後国菊池[久々知](くくち)郡も、音が近くて関連があるような気がするものは、連想ゲーム的になんでも寄せてしまえるからなぁ。
ククチは、古代山城とか山を管理する古代氏族とか、とりあえず山に関連する語っぽいなという程度で、自分の中にとどめておく。「海(ワタ)は古代朝鮮語で海を意味するpataに関連する」説のように、ククチが築城技術を持った百済系渡来人と一緒に入ってきた語という説があれば面白いと思ったけど、そういう資料は見つからなかった。うーん。
調べ物ついでに知ったのは、山を「セン」とも「サン」とも読む由来について。「セン」は呉音で、「サン」は漢音。呉音は5〜6世紀、漢音は8〜9世紀に日本に伝わった。桓武天皇の時代に漢音が推奨されたけれど、仏教用語は従来どおり呉音で読まれることが多く、山は山岳信仰との結びつきが強いためか、呉音「セン」で読まれるケースが多いらしい。須弥山とか。
ついでに、「セン」が山陰地方に集中している理由は不明らしい。山陰は田舎すぎて「これからは漢音を使いましょう」という都からの伝令が届いていなかった、または普及しなかったという、山陰情報格差説があった。そんな。
それと、日本語「ヤマ(yama)」の音節の由来は不明らしい。山(ヤマ)の処(ト)でヤマトとか、卑弥呼ともいわれる倭迹迹日百襲姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)とか、大神神社の御神体の三輪山とか、「ヤマ」はヤマト王権にとって重要なワードっぽいけど、その言葉が一体どこからきたのか、今となってはわからないというのは面白い。