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【SS】朝起きたら!(1821文字)朝シリーズ(2)
このお話は「【SS】朝起きたら」の続編です。
朝起きたら、サナギになっていた。
もう一度言っておこう。
蝶や蛾になる前段階のあのサナギになり、昨夜人間として寝ていたベッドの縁にはりついていた。
自分の姿を寝室の鏡で見たときに「ひえっ」とか「ぎゃあっ」とか悲鳴をあげたはずなのに、この身体からは実際何の音も発せられなかった。
窓の外からは鳥のさえずりが聞こえる。
さあさあいつもの朝がやってきましたよ、と言っているみたいだ。
しかし人間(とはもはや言えない身であるが)、本当に驚いたときは逆に冷静になるもので、最初の音にならない叫び声以降、僕は比較的冷静に状況を把握し始めている。
葉脈みたいな柄の緑色の身体。背丈は人差し指の半分くらい。
現在地はベッドの陰になっている部分。
良くも悪くも目立たない場所でサナギになってしまった。
これは、カフカの『変身』そのものだ。
いやいや、あれはたしか巨大な毒虫だった。
今の僕は普通サイズのサナギ。
サナギとなった僕はもはや、毎朝の習慣であるハーブ・ティーを入れることはおろか、満足に身体を動かすことすらできない。
まだ芋虫のほうがよかったのではないか。
それなら少しずつなら動けるし、妻の様子を見に行けるのに。
しかし、芋虫は見た目がいっそうグロテスクだろうし、彼女を怖がらせてしまうかもしれない。
思考だけはぐるぐるぐるぐる回っているのに、はたから見た僕はきっと微動だにしていないんだろう。
***
1時間ほど経っただろうか。
本来ならとっくに、トーストを焼き終えて妻を起こしに行っている時間だ。
「サトくん~?」
どうやら自力で起きた彼女が僕の寝室に入ってきたようだ。
僕の名前を呼ぶ声が聞こえる。
「…サトくん?どこいったの?サトくん…?」
何の痕跡もなく忽然と消えた人間の僕を探す声に、少しずつ深刻味が混じる。
僕が何も言わず出ていくことなんてないのだから当然だ。
「ここだよ!」と思い切り叫ぼうとするも、やはりこの身体では何の音を発することもできず、そのもどかしさに身悶えしたくても、この身体はピクリとも動かない。
呆然とする妻の顔が見える。
少し考えたあと、彼女は僕の番号に電話を入れたが、枕元に置いた僕のスマホがむなしく鳴るだけだった。
***
あれから2週間が経った。
妻はあの後、僕の捜索願を出し、警察による家宅捜索が行われた。
だが、誰かが侵入したり争ったりした形跡はなく事件性はないと判断され、「一般家出人」として片づけられてしまったようだ。
家宅捜索のとき、警察官の一人が僕を見つけたが、気味悪そうに目を背けられてしまいそれきりだった。
妻は自力で僕を探すため、近所に聞き込みに行ったり、SNSで情報提供を呼び掛けたりしてくれていたようだった。
勿論何の進展もあるわけがなく、毎日夜になると僕の部屋にやってきてしくしくと泣いていた。
次第に妻は僕の部屋に来なくなり、動けない僕は彼女の様子を知ることすらできなくなってしまった。
***
朝起きたら、なんだかいつもと違う気がした。
身体に力が入る。力を入れてみる。
「パリッ」と小さな音が鳴り、体を覆っていた緑色の部分が剥がれ落ちた。
ああ、僕は羽化したのか。
恐る恐る鏡で自分の姿を確認する。
半透明の美しい羽根が見えた。
よかった、蛾じゃなくて蝶だったみたいだ。
羽根を動かしてみる。
今まで動けなかったのが嘘みたいに簡単に身体が浮かんだ。
一目散に彼女の寝室へと向かう。
元気にしているだろうか。
実家に帰っているかもしれない。それでもいい。
誰でもいいから彼女の傍にいてくれれば。
いた。
僕の愛しい妻は芋虫のように布団にくるまって、肩を震わせていた。
布団の中で丸まる彼女の傍に止まる。
傍にいるのに。
サナギから蝶になったって、今の僕に彼女を泣き止ませることはできないんだ。
この不条理に直面して以来麻痺していたらしい感情が急に溢れてきた。
何故。なぜ。ナゼ。
日々のささやかな幸せに満足していた僕たちがこんな目に合うのでしょう。
神様のような存在にいくら問いかけても返事が返ってくることはなく、僕は蝶で、妻は人間で、彼女は泣き続けている。
蝶の平均寿命はたしか2週間くらいだったはずだ。
妻とのかけがえのない日常が返ってくることを切に祈りながら、今日も眠りにつく。
明日、朝起きたら、きっと。
よければ続編「【SS】朝起きても、」もご覧ください。
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