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【SS】朝起きたら。(1357文字)朝シリーズ(4)
このお話は「【SS】朝起きても、」の続編です。
妻を傍で見守り続けて約2週間が経った。
彼女は生命を維持するための最低限の活動をする以外は、ほとんどの時間を布団にくるまり力なく過ごしている。
蝶の平均寿命は約2週間、という言葉がまた頭をよぎる。
どうやらそれは本当のようで、羽根を動かそうにも、だんだんと力が入らなくなっている。
タイムリミットが近づいているのを感じて、思わず妻の手に止まる。
どうにもならないのだとしたら、せめて最期は彼女と触れ合っていたい。
驚いて振り払われるかと思いきや、意外にもこんな姿の僕を見て綺麗だと言ってくれた。
それだけで胸がいっぱいになる。
もういいかな、なんて思えてくる。
僕がいなくなったあと、ちゃんと前を向いてくれるかだけが心残りだ。
かなり痩せてしまった妻の顔を覗き込む。
なぜだか分からないけれど、今は大きな瞳に少し輝きが戻っている気がして、少し安心する。
彼女はどうやらもうひと眠りするみたいだ。
僕も、もう、眠いな―――
美しい羽根からふっと力が抜けた。
それきり羽根が広がることはなかった。
***
朝起きたら。
自分の部屋の天井が目に入った。
それが異常に小さく見えて、遠近感覚が狂ったのかと思った。
手を伸ばしてみる。
手の甲が、5本の指が見える。
(僕は、元に戻ったのか…?)
信じられない思いで身を起こし、寝室の鏡を覗いて見えたのは、1か月ぶりの自分自身の姿だった。
人間の僕だった。
すべてが夢だったようにも思えるが、確かに進んでいる時間がこれまでの日々が現実だったことを示している。
(いや、今はそんなことどうでもいい。)
急いで妻の寝室に向かう。
やっと、やっと君を安心させてあげられる。
寝室に入ると、彼女はまだ布団にくるまっていた。
驚かさないようにと、そっと布団をめくる。
妻は、芋虫になっていた。
比喩表現ではない。
サナギになる前段階のあの芋虫になり、彼女のベッドで丸まっていた。
しかも、巨大な人間サイズである。
「ひえっ」だったか「ぎゃあっ」だったかは覚えていないけど、今度こそ確かに発せられた自分の悲鳴が部屋中に響き渡った。
そのまま、僕は気を失った。
***
朝起きたら、まずお布団の中で思い切り伸びをする。
寝たままできるヨガのポーズをとることもある。
体を起こし、電気ポットにお水を入れる。
体が目覚めてきたら明かりをつけ、カーテンを開け、朝日を浴びる。
すこし窓を開け、風を感じる。
まだ空気は冷たいが、春が近づいているのを感じる。
今年はどんなハーブを育てようか。
お湯が湧いたら、ハーブ・ティーを入れる。
乾燥させたハーブのストックから、お気に入りのローズマリーの葉を数枚つかみ取り、カップの横に添える。
それから、トーストを焼く。
最近は王道のいちごジャムを塗っている。勿論手作りだ。
さて、最後の仕事。
「朝ごはんだよ〜。」
妻の隣に座り、ローズマリーの葉を食べさせてやる。
もしゃもしゃと葉を食べる様子が愛らしい。
僕はハーブ・ティーとトーストを味わいながら、妻のあごの動きに合わせて彼女の大きな瞳にそっくりの模様が上下するのを眺める。
かけがえのない一日が、また始まった。
(完)
<ローズマリーの花言葉>
『変わらぬ愛』『追憶』『思い出』『記憶』『献身』『貞節』『あなたは私を蘇らせる』『誠実』『私を忘れないで』『静かな力強さ』
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