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【SS】ふたりの話(1526文字)#第二回絵から小説

幼馴染の幸子さちこさとしはうさぎのお世話係だった。
三竹みたけ小学校では「早い時期から命の大切さを学ぶ」ために、2年生にうさぎの世話が割り当てられていた。
うさぎのお世話係は幸子と聡以外にも4人いたが、彼らが餌やりだとか、うさぎ小屋の掃除だとかをすることはめったになかった。

小さなうさぎ小屋には15羽のうさぎがいたが、1羽だけ仲間外れにされているやつがいた。
名だけは立派で、タローといった。
赤目の白うさぎだった。
タローの身体で赤い部分は目だけではなかった。
欠けた耳やむしられた毛の隙間から覗く赤色は痛々しかった。

タローは狭い小屋に囚われて逃げようがなかった。
たとえ逃げられたとしても、野生で生きていく術はなかった。

放課後に聡がうさぎ小屋に行くと、タローが血まみれになって死んでいた。
タローの傍には、バッドを手に持った幸子がいた。
「三竹小学校」の文字が入った木製バットに、じわじわと赤色が広がっていくのが見えた。

「さっちゃんは優しいね」
聡が言った。

「ありがとう」
幸子は微笑んだ。

ふたりはビニール袋にタローを入れると、いったんそれぞれの家に戻った。
幸子はおたまを、聡は木べらをもって、近所の公園に集合した。

おたまと木べらで公園の乾いた土を掘るのは思った以上の重労働だった。
4月の上旬の心地よい気温の日だったが、少しだけ汗ばんだ。
やっとの思いで掘った小さな穴にタローを埋めた。

風の強い日だった。
ふたりの周りをピンク色の花びらがひらひらと舞っていた。
地面に落ちている花びらをかき集めて、タローを埋めた場所にのせた。

「桜の樹の下には死体が埋まってるって言うから、たくさん友達がいると思うよ」
聡が言った。

ふたりは幸子が殺したうさぎの幸せを願った。

***

翌朝、ホームルームで担任はタローの死を告げた。
仲間外れにされていたタローがいなくなったことと、うさぎ小屋の地面に残された血痕から、共食いだと判断されていた。

担任は人口建造物の中で起きた出来事を引き合いに、自然の残酷さについて語った。
子供たちは配られた紙にタローへのお別れの手紙を書いた。
幸子と聡以外のお世話係の4人はタローの死を嘆いて泣いた。

ふたりは泣かなかった。
まっすぐ前だけを見つめていた。

世話をしていたのに悲しむ様子を見せないふたりのことを、担任は内心気味悪く思っていた。
クラスメイトの中には幸子と聡を怪しむものもいたが、表立って疑問をぶつけるものはいなかった。

卒業するまで、ふたりがクラスメイトと打ち解けることはなかった。

***

それから25年が過ぎた。

幸子と聡は結婚し、ふたりの子供は7歳になっていた。
名を太郎といった。

ある日、幸子は夕食のスープを作っていた。
おたまでスープを掬って、そのまま味見をした。
塩を入れすぎたのか、いつもよりしょっぱかった。

お湯を足そうかと思案しているうちに、太郎が小学校から帰ってきた。
太郎の膝からは血が流れていた。
膝だけではなく、身体のあちこちには生傷があった。

幸子は自分たちがどこかおかしいことに気づいていた。
そんなふたりに育てられた子供もまた、どこかおかしいのかもしれない。
太郎のクラスメイトはそんな違和感を敏感に感じ取っていた。

幸子は手に持っていたおたまを置いて、太郎のもとに向かった。

***

仕事を終えて聡が帰ってきた。
幸子はまだ、スープを作っていた。

「ただいま。太郎は?」
幸子の肩に手を置いて、聡が尋ねた。

幸子は庭の桜の木を指差した。
シンクに置かれたおたまには湿った土が付いていた。

「さっちゃんは変わらず優しいね」
聡が言った。

「……ありがとう」
幸子の頬をつたって涙が一滴、スープの入った鍋に落ちた。

それでスープの味が変わることはなかった。

***

清世さんのこちらの企画に参加させていただきました!

絵から物語を創るというのは初めての経験だったのですが、とても楽しかったです。

素敵な企画、ありがとうございました。

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