【SS】食べるの流儀(1090文字)

「東さんの食べてる姿ってセクシーだよね」

もともと一人行動が好きだったが、以前同僚にそう言われてからはいっそう、ひとりで食事に行くことが増えた。
この神聖な儀式の最中に、余計なものを持ち込んでくれるな。

30年生きてやっと、上質なものを少量食べる愉しさも分かるようになった。
でもやっぱり、こねくり回された複雑な味のコース料理よりも、脳に直接快感が伝わるような単純な旨味が好きだ。

学生時代のように沢山のものを際限なく食べることは、いつの間にか出来なくなっていた。
だからこそ、一回一回の食事が貴重なのだ。
死ぬまでにあと何回、美味しいもので私を満たせるのだろう。

空っぽの胃に、ものを詰める。
急な食物の侵入に驚いた内蔵が、きゅう、と音を鳴らす。

目の前の食べ物しか見ない。
スマホで動画を観ながらものを食べるなんてどうかしている。
五感を働かせて、全身で目の前のこの子を味わうのだ。

この子と言ったが、実は私が猟奇殺人犯で殺した子供を食べているとかいうオチではない。
ただ、艷めくこのステーキを、幼子の肌のように弾力のあるこの肉を、我が子のごとく愛おしく思っているだけだ。

もし人食が許される世界であれば私はそれを心から楽しんでいたと思うが、それはまた別の話だ。

肉を喰らう。
ソースが口の周りについて、肉汁がお気に入りのブラウスに飛び散って、きっと私は不細工な顔をしているが、気になるものか。

まだ飲み込んでいないのに、次々と口にものを詰める。
噛む、噛む、噛む。
顎が疲れて痺れてくるが、噛む噛む噛む、飲み込む。
我が子が食道を通っていくのを感じる。
そして、すべてが私の中に吸収された。

残ったのは、性行為を終えたあとのような疲労感。
食べ終えて、ふっと冷静になる。
またやってしまった。
食べ過ぎてしまった。
快感のピークが過ぎれば理性が戻ってくる。
少しだけ後悔するが、それも含めて幸福だと感じる。

「本当に美味しそうに食べられますね」

さきほど私のステーキを焼いてくれた青年が、カウンター越しに声をかけてきた。

「見てたんですか? ......恥ずかしい」

ポッと頬が染まる。
演技ではない。
食べている姿を見られるのは本当に恥ずかしいのだ。

「あまりにも幸せそうに食べられるのが可愛らしくて......ってすみません。失礼ですよね」

青年の頬も少し染まる。
あら可愛い。
食べ終わった後に話しかけてくるところも良い。
儀式の最中だったらブチ切れていたところだ。

「アルバイトさん、ですか? よかったらこの後、一杯付き合ってもらえません?」

断られるはずがない。
私が食べている姿は不思議と異性を惹きつけるらしい。

今夜のデザートはこの青年に決めた。


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枝折(しおり)
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