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幸せを通過する
帰り道、バスの窓から小料理屋のほの明るい磨りガラスを見た。小さな店だけれど、夜な夜な常連客が集まってお酒を飲み交わすのだろう。
小料理屋の前を、腕を組んだ男女が通りすぎるのを見た。親しげに顔を寄せ合って笑っている。
寂れた町のあちらこちらに、両手にあまるほどの幸せが転がっている。
それは、蛍光灯が鈍く光る車内でがたがたと揺られている私の腕の中にはないものだ。
胸の奥をぎゅっと掴まれた気がして、目をつむった。
最近よく考える。
幸せとは、幸せとは、幸せとはなんだ?
おいしいものを食べるのが好きで、見たことも聞いたこともないような食べ物に出会いたくて、だからお金なんてなくてもいいなんて、そんなことは決して言わない。
生きるために食べるんじゃなくて食べるために生きるんだって、何年も前からずっと思っている。
欲求には果てがなく、幸せを感じる条件は次第に上振れする。
生き急ぐほどに、当たり前が増えていく。
昔大好きだった一品に、首をかしげる日がいつか来る。それが怖くてたまらない。
わがままな私をいつまでも満たしてくれるものはなんだろう。
両親が、安酒を美味しそうになめるのを思い出し、壁に頭を打ちつけたくなった。
私はなんのために食べている?食べた先に何がある?
私は幸せなのか?