塩見直紀の試行100(079)「物語数」
半農半X研究所の塩見直紀が試みてきた小さな100個(本、ワークブック、ワークショップ、ツーリズム、コンセプト、コレクション、法則など)、紹介しています。
将棋は歩から王将まで20の駒を持ってたたかっていくのですが、いまおこなっている「塩見直紀の試行100」は100の駒をまず可視化し、まず把握し、駒を組み合わせ、新たな駒を生み出す途上なのかもしれません。みなさまの駒はどんな駒でしょうか。
今日の駒は「物語数」というコンセプトについて。1999年1月に故郷・綾部(京都府)にUターン。同年3月に母校の綾部市立豊里西小学校が閉校となりました。ねらってUターンしたのではないのですが、跡地活用が議論されている中だったようです。2000年5月ころから綾部市役所内に「里山ねっと・あやべ」事務局ができ、スタッフとして参画することになりました。事務局は市役所の課長補佐1名と私・塩見の2名体制です。
綾部では、何百億も稼いだり、何百万人も来るとは思えない。笑 その土俵で戦わないために2000年か2001年ころ、生み出した考え方が、「物語数でいこう」ということです。旅人が綾部にやってきて、旧小学校にやってきた野菜をじょうずに育てるおじいさんが意気投合して、何か物語が生まれていくことを「1」と数え、石窯づくりで出会って結婚。それを「2」とカウントする。物語がたくさん生まれていることをめざすというものです。あれから時が経ち、綾部でいくつの物語が生まれたでしょう。
数年前、ある有名な先生からこんなメールが届きました。「関係人口という言葉は塩見さんが考えたのですか?」というものです。僕の回答は「いえいえ、僕が考えたのは物語数です」。余談ですが、福知山公立大学(地域経営学部)の交流系の授業では、「物語数や関係人口の次を考えよ」と話してきました。
※写真は中国から半農半Xの拙著を読んでくださった社会起業家さんが我がむらを訪ねてくれた際、村のおばあさんと撮った1枚です。