【連載小説】 産業廃棄物のお姫様 プロローグ①
ここは架空長野県今は2月。
今夜は特に冷える。今にも大雪が降って来そうだ。
そんな真冬の寒空…アパートのベランダに小さな女の子が裸でゴミ袋に埋もれて暖を取っていた。
そのベランダに放り出されている女の子の名前は柚子。2歳にしては随分と小柄で痩せ細っていて身体中傷だらけで如何にもネグレクトと虐待をされている風貌の訳ありの女の子…。
柚子には着る物を与えず寒空の下に裸でベランダに放り出しているのに対して母親は暖房を効かせている部屋に男を連れ込んでは柚子がいる事など無視してカーテンのない外から丸見えの部屋で情事を始めていた。
それが柚子と母親にとっては日常の出来事であった。母親と目が合うと棒やベルトで叩かれるので柚子はゴミ袋で部屋を見えないようにして背を向けてゴミ袋に埋もれていた。
柚子は母親を尋ねて来る男からこっそり貰ったシンデレラの絵本をいつも読んでいた。
柚子は文字が読めたのだ。
来る日も来る日も繰り返し読んでいた。
「そして王子さまと幸せに暮らしました。めでたしめでたし。」
(…ゆずにもいつかそんな日が来るのかなぁ。)
「あ!雪だぁ!!」
柚子は雪が降って来たので思わず立ち上がって大きな声を出してしまった。架空長野では珍しくもない事だがベランダに放り出されて娯楽のない柚子にとっては寒くても雪は何だかワクワクする存在だった。
何かが起きる感じに思えた。
柚子が声を出すとすぐにベランダの窓が開いた音がした。
「ごめんなさいごめんなさい…もう声は出さないから打たないで…。」
柚子は手で口を覆い頭を抑えて謝り続けた。
柚子は普段声を出してはいけないと言われていた。しかも今日は母親の1番のお気に入り【海斗】が来ている日だ。何をされるかわからない。
海斗は他に出入りしていた男達とは違って母親と一緒に虐待を楽しむ男だったので柚子は苦手だった。母親同様、柚子を人間として見ておらず、まだ小さな子供なのに滅茶苦茶な事をして来るのだ。なので柚子は一生懸命謝った。しかし今日の母親は違っていた。
『柚子、ママね、今日はすごく機嫌がいいの。柚子いつかベランダじゃなくて外に出てみたいって言ってたわよね?今日ママが特別に連れ出してあげる。こんな雪が降る素敵な夜によ?柚子が憧れているシンデレラがお姫様になる日に相応しいと思わない?柚子は服を1枚も持っていないからママから柚子がいつもキレイって言ってくれるこの胸元にスパンコールがついてキラキラしてるタンクトップをプレゼントするわ。この服好きなんでしょ?私はシンデレラの話の中でだったらさながら魔法使いってところかしら?コレをドレスにしてあげる!』
柚子は大人と同様に会話も出来る頭のいい子なので頭の悪い母親の言っている事は殆ど理解出来ていた。
「この服ママの服の中で一番大好き!ピカピカしてキレイなの。でもゆずが着てもいいの?」
『あーいいのいいの。そうね…コレにウエストはビニール紐で結んで大きなリボン作って…ねぇ海斗、ドレスっぽくない?柚子はチビだから足元まで引きずってるから上に上げて…ビニ調節しましょ!ホラ!お姫様みたいよ!』
母親は柚子の姿を姿見で見せた。
「わぁ…真っ白後ろに大きなリボン!かわいい!」
柚子は服を着た事がないので喜んだ。
『何だそりゃ!ダッセェ!』
海斗がやたらとニヤニヤ笑っていた。
『さぁその格好で外に出るわよ!あ、それからこのネックレスをつけなさい。コレがシンデレラ城の切符になるから。読んで。』
柚子は漢字も読めた。
その話はまた後の機会に。
「私は産業廃棄物の柚子です。4月2日で3歳になります。よかったら貰ってください。要らなければ産廃場に廃棄して下さい。裏面もどうぞ…」
柚子は間違うこともなくスラスラ読んだ。母親のプラカードには「産ぎょうはいき物」と書いてあったのでその程度なら読める。バカな母親は漢字が書けなかったのだ。
『え!?マジで読んだ!意味わかってんのかな?」
海斗は2歳の柚子が漢字を読める事に驚いた。
『今回は流石に難しいからわかってないんじゃないの?まぁとにかくコレがお城の鍵になるのよ。家の人に会ったらこの呪文を唱えるのよ。まぁ喋れなくてもこの魔法のネックレスで入れるかも知れないけど。その時柚子が生きてるかどうかもわからないけど!』
母親は高笑いしながらダンボールに書いたプラカードにビニール紐をガムテープで貼りつけて柚子の首にぶら下げた。せっかくのキラキラしたスパンコールがついた胸元が全く見えない。
それでも柚子はこの先何が起きるかなんて考えずに外に出れる事をワクワクしながらシンデレラの絵本を抱えて母親と海斗に着いて外に出た。地面は雪が積もってアスファルトが凍っている。柚子は靴なんか持っていないので素足のまま。凍てついたアスファルトが子供の柔らかい足にはとてつもなく冷たくて痛い。
「ママ…足が痛いよぉ…」
『うるせぇ!黙れこのチビが!』
柚子は海斗に背後からブーツで蹴られた。
「うぅっ…ぐはっ…」
黙って息が止まりそうになりがら凍てつく足を引きずって歩いていた。足の感覚がなくなりそうだ。
「ねぇママ…おてて繋いでもいい?」
『は!?調子に乗るな!手袋が汚れるわ!』
母親は柚子を突き飛ばした。
柚子は雪の中で仰向けに倒れた。
いつも裸でゴミ袋に囲まれているけどこんな広い空間で雪と寒さが直撃する中タンクトップ1枚で歩いている中、蹴飛ばされたり突き飛ばされたりしている柚子はもうワクワクする気持ちなど何処かに飛んで行って不安しか覚えなかった。
「ぅ…ママ、どこに行くの?」
柚子が尋ねると母親はふふんと言うように柚子を見下してニヤニヤと笑った。
『この家の前。もう歩かなくていいのよ。あ、ママと海斗は架空中国で一儲けして来るから。柚子はこのシンデレラ城のようなこの家の前で朝まで待ってなさい。もうアンタには用事がないの!運良く生きてたらもしかしたらここで面倒見てもらえるんじゃない?まぁ警察行きに100万賭けるけど!さ、海斗行きましょ!』
高笑いする柚子の母親。
お金持ちの家の門の前で柚子を置き去りにする気満々の母親と海斗。
「いやー!ママ!ゆず、いい子にしてるから連れて行って!ゆずを1人にしないで!!」
そう言って泣きじゃくる柚子に海斗が顔に蹴りを入れてブーツでお腹を蹴り飛ばし柚子が項垂れて何も言わなくなるまで暴力を振るった。
『あぁまだ新しいのに。このブーツ。汚ったねぇクソガキ蹴って価値が下がったわ〜。あっちで新しいブーツ買おうかな〜。』
子供を痛めつけた事など屁とも思っていない。
『ねぇ柚子。2歳で人生の選択をさせる親なんて私くらいしかいないわよ。あんた、物凄く恵まれてるのよ。私という母親に育てられた事を誇りに思いなさい。』
可愛がった事が一度もない母親でも柚子にとってはたった1人の母親だった。
「ぅ……。」
『さ、汚ったない貧乏神も捨て終わったし。早く行きましょ!寒い寒い!』
柚子の母親は柚子をお屋敷の前に放置してモコモコしたコートを着て海斗に寄り添って腕を組んでさっさと歩いてどこかに行ってしまった。
大雪の中タンクトップ1枚にプラカードをぶら下げた柚子は海斗が蹴り飛ばしたせいで横になったまま起きれない。母親の姿は雪で全く見えない。
「…ママ…ガホガホッ…」
咳と共に血も吐いている…
「…ママ…」
「ママぁ…」
静かな夜なのに柚子の小さな声など何処にも届かない。
聞こえるのは犬の遠吠えだけだった…