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【連載小説】 産業廃棄物のお姫様 プロローグ②
—―翌朝——
『うわぁ!真っ白!何の足跡もないこの雪景色!幻想的だわ!そこに足跡を付ける!この瞬間がたまらないわ~!私、新聞取って来るわ!』
『奥様!そんなことは私が…』
『西田さん?私には奥様とか家政婦さんとか関係ないの!新雪に足跡を付けたいだけなの。レインブーツ履いて出てるんだから平気よ!』
朝から賑やかにしている奥様と呼ばれる彼女は架空日本のIT企業で知らない人は居ないと言われている小鳥コーポレーションの後妻の小鳥遊(たかなし)沙希(28)である。
『この雪景色、スマホで撮ってアメリカにいる歳三さんに送らないと!』
沙希は少女のようにはしゃいでいた。
歳三さんとは彼女の夫、小鳥遊歳三(30)
小鳥コーポレーションの社長である。
架空長野県では当たり前のように降っている雪なのに毎回ウキウキするタイプのようだ。
『奥様!せめてコートくらい羽織って…』
沙希はブランケットを肩にかけたままの姿で新聞受けの前で黙って立ち止まっている。門の前に雪だるまのような塊が出来ているのを不思議に思った。
『ねぇ西田さん…門の前のアレ何だと思う?』
沙希は門を開けて雪の塊の雪を払いのけた。
『奥様、手袋もなしで無理ですよ。私が片付けますから。動物の死骸かも知れませんし。』
『…気になるわ!』
沙希は雪の塊の下の方の雪を払った。
すると…傷だらけの子供の腕が片方出て来た。
『きゃぁ!奥様!警察に!』
西田が叫んだ。
『待って!この子脈があるわ!私、これでも小児科の元看護師なのよ!このまま見過ごせない!』
沙希は西田と2人で雪をかき分けた。すると雪の中から痣だらけの顔が見えた。口元にはうっすら血を吐いたような形跡があった。
『…女の子?』
西田は雪の塊から見えた子供の顔を見た。
『そうみたい。酷い…。身体も傷だらけ…虐待に合ってた子に間違いないわ…。病院にいた頃いたけど…こんな酷いの初めて…。』
片腕は根性焼の痕だらけ裸に大人のタンクトップを着せられている小さな女の子。タンクトップは凍りついてパリパリになっている。
『何?このプラカード…?何か書いてあるわね…とにかく外して…西田さん持っててくれる?私はこの子を玄関に連れて行くわ!この服も凍ってるし脱がせなきゃ!凍傷になっちゃう!家に入ったらハサミを持って来て!あと座布団とバスタオルもお願い!』
床暖房のきいた玄関の廊下の上に座布団を敷いて服を脱がせてバスタオルに女の子を包んで沙希は心臓マッサージと人工呼吸を始めた。
『奥様…。』
『…西田さん!この子強い!ちゃんと呼吸してる!』
ぐったりしていたが呼吸をし始め目を覚まし状況を掴めない女の子は泣き出した。
「ぅ…う…うわ~ん!」
『泣き出したわ!強い子ね。よく頑張ったね。あぁ〜よかったわ~。』
沙希は心臓マッサージと人工呼吸に必死になって大汗をかいたのでタオルで顔の汗を拭いてへなへなと座り込んだ。
『お母さん、どうしたの?この女の子…。』
前妻の息子の輝行(10)が玄関に来て声をかけて来た。
『この子ね、門の前に置き去りにされてたの…酷いでしょ?』
紗希は輝行に雪の中から出て来た様子を話した。
『…この子キレイにしたら絶対かわいいよ!僕、妹欲しかったんだ〜。お母さん、僕が学校から帰って来たらこの子もう居ないの?』
輝行は紗希に心配そうに尋ねた。
『…ううん。しばらく面倒見てあげるつもり。何だか訳ありみたいだし。』
『奥様?』
『待って、そのプラカードの裏に何かが書いてあるみたい…。』
沙希は首から外したプラカードの裏に貼り付けてあった封筒を開けようとした。
「…わたしのなまえはゆずです。2さいです。4月で3さいになります…。わたしはさんぎょうはいきぶつです…」
女の子が目を覚まして喋り始めた。
『やめて!そんな悲しい事言わないで!柚子ちゃんって言うの?あなた物じゃないわ!女の子よ!酷い言葉を覚えさせられたのね。もう大丈夫だから!』
沙希は泣きながら柚子を抱きしめた。柚子は初めて大人の女性に抱きしめられた。
「あったかい…おねえさん…いい匂いがする…。」
柚子は何の警戒もなく自ら沙希に身を寄せて来た。
「おねえさんもう少しこうしててもいい?」
『いいわよ。気持ちいいの?』
「うん。」
その間に紗希は片手でプラカードの裏に貼ってある封筒を引き剥がし中に入っていた1枚の便せんに目を通した。
【この子の父親はたかなし社長です。社長にはアンと言えばわかる。私は社長と3年前に関係を持った時この子をはらんだ。うたがうならDNA検査して下さい。この子はいらない子のでここに置いて行きます。アンより♡】
『何この文…歳三さんの?…私と結婚する前…歳三さんが女遊びをする人だなんて思えない…。西田さん、前の奥さんと離婚した頃歳三さんにそういう事があったの?』
沙希は西田に自分と知り合う前の歳三の事を訪ねた。
『とんでもない!…嘘じゃないんですか?』
『とりあえず…このままじゃどうしようもないわ。この子も目が覚めた事だしお風呂に入れるわ。私も汗をかいたからお風呂に入りたいし。西田さん、輝行をスクールバスまで送って貰っていいかしら?』
柚子の身体を温める事と清潔にしてあげることが先だと思ったので柚子に声をかけた。
『柚子ちゃん?柚子ちゃん?』
背中をとんとんと叩いた。
「ん…んん…。」
『ごめんね。寝てたのに。また後で寝たらいいから1回身体をキレイに洗って髪もシャンプーしてきれいになってからねんねしようね。今からお風呂入ろうね。』
紗希は今からお風呂に入る事を柚子に告げた。
「…おしっこしたい…。」
『じゃあトイレ行こうか。』
「ダメ!トイレでおしっこしたらママに打たれる!外でしなきゃ…水道代の無駄って木刀で叩くの!だからトイレはイヤぁ~!」
頑なにトイレに行く事を拒んで力んでしまったので廊下でお漏らしをしてしまった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…。」
今から地獄にでも連れて行かれそうなくらい怯えている柚子。
『柚子ちゃん?子供のお漏らしなんてよくある事よ?それにもうママはいないわ。床なんて雑巾で拭いて身体を流してパンツ履き替えたらいいだけなんだから!』
沙希は包んでいたバスタオルで柚子の下半身を拭いてそのまま床も拭いた。
そんな事よりも木刀でこんな小さな子を叩いていたことに紗希は驚いた。きっと普通じゃないかなり悪い環境で今まで過ごして来たんだろうと思った。
「おねえさん、でもゆずパンツ持ってないよ?」
『大丈夫!後で西田さんに買って来るように頼んだから!』
紗希は柚子の顔を見て微笑んだ。
『お母さん!じゃあ僕学校行って来るね!』
輝行が元気そうに声をかけて来た。
『今日は西田さんと一緒にスクールバスの所まで行くのよ。行ってらっしゃい!』
紗希は輝行に挨拶をした後、柚子を脱衣所まで連れて行った。
「お兄ちゃんなの?」
柚子は母親といる時に自分以外の子供を見た事がなかったから輝行が不思議な存在に思えた。
『そうね。お兄ちゃんよ。学校に行ったのよ。わかるかな?学校。』
「わかんない。」
『沢山の子供達が行く所よ!』
「おねえさん…ゆずちゃんじゃなくて【ゆず】って呼んで欲しい…。」
『じゃあ私の事はお姉さんじゃなくて【お母さん】って呼んで欲しい!』
「うん!お母さん!」
紗希はまず風呂に入る前に絡まりまくっている髪をブラシで解いた。
『随分前髪も長いわね…ハサミで切っても…』
「いやぁーー!!顔も切るんでしょ!?」
刃物がダメな事に気付いた紗希は今、前髪を切る事は諦めた。
一体この子はどんな生活を送っていたんだろうか…。謎だらけだ。