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愛、あい、アイ
「アヤちゃんが週刊誌に撮られた」
事務所のソファに座り、配信イベントのスケジュールを確認していた私。その向かいに座って、新曲の振り入れをしていた愛里ちゃん。
愛弥ちゃんの話をするマネージャーさんは特に取り乱した様子もなく、諦めに近い声色で淡々と状況を説明している。
愛弥ちゃんと私、そして愛里ちゃんの3人は、【LOVE!LOVE!LOVE!】というアイドルグループを組んでいた。
ずっとアイドルになりたかった。
小さい頃からダンスやピアノを習い続け、中学生になってから、親をどうにか説得して養成所に通わせてもらった。
高校2年生の夏、今の事務所から契約の話を貰ったときは、ダンス講師の肩をびしょびしょに濡らすぐらい泣いた。やっと私、アイドルになれるんだもん。
そのとき既に愛里ちゃんは事務所の新人アイドルとして活動をしていて、私は研修生として彼女のライブに付いて行っていた。
「名前、なんて読むの?」
「あ、えっと。まなみ、です」
「愛美ちゃん。ダンスすごく上手だよね。私も負けてらんないや」
愛里ちゃんのその言葉が、私の心を今まで支えてくれていた。マイクが持てなくても、自分の名前で仕事が来なくても、愛里ちゃんの言葉がボロボロになった私の心をずっと守ってくれていた。
転機が訪れたのは、愛里ちゃんに声をかけられた半年後。
マネージャーさんに呼ばれて事務所へ行くと、愛里ちゃんのほかにもう一人、見たことのない女の子が座っていた。
「初めまして。佐藤愛弥です」
後頭部を固いものでぶち抜かれたような衝撃を受けた。
事務所の人がスカウトをしてきたと言っていたその子は、顔が小さく目鼻立ちがしっかりしていて、華奢な体と白い肌を持った、お人形さんみたいな子。
愛弥ちゃんの「弥」の字は、彼女の両親が若い頃、カリスマ的な人気を誇ったアイドルからもらったというものだから、彼女がアイドルになることは必然だったと言える。
「へ~、あややから取った名前なんだぁ」
「あ、でも私はどっちかというとボカロとかそういうのしか聞かないんで、アイドルとかよく分かんないっす」
それぞれの自己紹介が終わったところで、社長からこの3人でユニットを組むという話を持ち掛けられた。
愛里ちゃんのソロ活動と並行して、新しくユニットをデビューさせて事務所を盛り上げていくというのが社長の意向だった。
そして彼女と同じ「愛」が名前についている私と、数週間前にスカウトされた愛弥ちゃんをユニットメンバーにすることで、グループの方向性を明確にしていくということらしい。
ユニットのお披露目ライブの日、SNSでは愛里ちゃんではなく愛弥ちゃんが歌って踊る画像がとんでもない勢いで拡散された。
愛弥ちゃんは可愛いだけじゃなくて、ダンスも歌も抜群にうまかったのだ。
「愛里ちゃんが完全に食われてる」「LOVE3の愛弥、マジであややの再来」「愛弥ちゃんに推し変します」「次から愛里、センター変更だな」
その日、SNSでは見知らぬ人が勝手に私たちを評価して、愛弥ちゃんをもてはやしていた。愛里ちゃんに酷いことを言う人もいた。今まで応援してたくせに。なんだよ。
そしてお披露目ライブのハッシュタグを辿っても、私の話をしている人は見つからなかった。
悔しくて涙が止まらなくて、次の日、目を真っ赤に腫らしてレッスンに行くと、愛里ちゃんが私の頭を撫でてくれた。愛弥ちゃんは私のことをじっと見つめているだけだった。
愛弥ちゃんに負けたくない。
その一心でダンスも歌も頑張って、物販やチェキでお客さんとたくさん話すようになり、やっと「愛美ちゃん推しだよ」と言ってもらえるようになった。
それでも愛弥ちゃんの存在感は抜群に大きく、彼女単独での仕事も来るようになり、テレビやラジオの仕事も増えた。
一人の仕事が増えていくにつれ、愛弥ちゃんはユニット活動の手を抜くようになった。ただでさえ少ないレッスンも片手間で受けるし、突然休むことも増えた。
それでも彼女はファンから崇拝され続け、無敵のセンターとして君臨していた。
「おはよーございまーす」
「愛弥ちゃん、おはよう。マネージャーさんから聞いた・・・」
愛里ちゃんの声を遮って、私は愛弥ちゃんの前まで歩み寄り、彼女の頬に右ストレートをぶち込んだ。
「ふざけんなよ!なにしてくれてんの?うちらの活動どうするつもりなの!」
「まぁちゃん・・・」
「愛弥ちゃん、愛弥ちゃんのもってるもの、全部ちょうだいよ・・・顔も声も、体もオーラも!全部全部、アイドルやりたくない愛弥ちゃんにはいらないものでしょ!」
涙と鼻水が顔のうえでぐちゃぐちゃに混ざって気持ち悪い。だけど、一度溢れてしまったものは止められない。
馬鹿みたいに涙をダラダラ零す私の前にいる愛弥ちゃんは、口端から血を流し、眉一つ動かさないで私を見ていた。
「まぁちゃん。まぁちゃんの持ってるその馬鹿みたいに燃えてる情熱、私にも分けてよ」
愛弥ちゃんの大きな目から、涙が零れた。