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第9話・三十万の軍勢を迎え撃つ、ジャンヌの秘策
ーゴードたちがリム王国のアンデッドたちと戦う二時間前ー
ウッドバルト王国領内・城下町まで十キロの最前線で獅子奮迅の働きをしていたのは、十二聖騎士唯一の東方男、サレンダー・蔵前だった。
長刀【氷雨の凌ぎ】から繰り出す凍気がアンデッドたちをみるみる不活化していった。
十二聖騎士サレンダーは長刀の使い手。五年前、東方から流れ着いたところ、ウッドバルト王国南部にあるリレイズ村の漁師に助け出された。手に持っていたのは、サレンダーの身長ほどある長刀・【氷雨の凌ぎ】。刀身だけで、百八十センチはある。まっすぐな太刀筋は斬るものを瞬時に凍らせる。
ウッドバルト王国では火炎系魔法の習得者はいるものの、凍結系魔法については皆無だった。物質の分子レベルで超高速移動させる火炎系とは異なり、分子の活動を止めてしまう凍結系は魔術センスが求められる。
それゆえ、凍結系がオートエンチャントされている【氷雨の凌ぎ】を使いこなすサレンダーは漁師に助け出されたのち、あっという間に十二聖騎士へと昇格していった。
十二聖騎士として生きて行けば、どこかで亡くした記憶の手がかりも見つかる、サレンダーはそう考えていた。
「サレンダーさん、今日も絶好調ですね」
十二聖騎士の最若手、ロベルトが軽口を叩く。
「どうも、多すぎますね」
サレンダーの長刀から凍気があふれ出る。切られていなくても周囲三メートル範囲なら足もとから凍り付いてしまう。
「地味に怖いんだよねぇ、その技」
ロベルトは右手に【憤怒の剣】左手に【背信のダガー】、双刀の使い手。ダガーで敵にダメージを与え、剣でとどめを刺すスタイルだ。
「後ろだ、ロベルト!」
野太い声が聞こえる。
「師匠!ありがとうございます」
ジャンヌの父・十二聖騎士副団長ラルフォンの【厳念の槍】がスケルトンたちを軽くなぎ倒す。破壊されたスケルトンたちは、飛び散った骨の部位が自然に集まり、再び再生していく。
「キリがないなぁ、もう」
ロベルトが吐き捨てるように、スケルトンを睨む。
戦場には不釣り合いな甲高い女性の声がする。
「まぁ、これで消しちゃいましょ」
肩と腹、太ももが露出したビスチェスタイルの鎧を装備した戦士がさっそうと現れた。十二聖騎士最強の魔術師、メイ・パルスが【清濁の杖】を振りかざす。簡易詠唱ではない、完全詠唱の超高等魔術を繰り出すメイ。
「ヌーヴォル・聖霊よ・地底の御霊よ。うち焦がれし、かの地、導かれし慙愧の念たちよ。いま、開くぞこの門!【焦土の獄門】」
「まずい、ロベルト・ラルフォン、回避だ」
サレンダーが後ろへ下がる。
「大丈夫、私のそばに」
メイがロベルトたちを自分の傍に誘導する。
ゴゴゴと地割れのような音、地面が沸騰する。アンデッド隊に知性も理性もないはずだ。だから恐れなど知らないとされている。だがどうだ、逃げ惑い怯え叫ぶアンデッドたち。スケルトン・デュラハンたちはメイが放った【焦土の獄門】で焼かれている。
スケルトンは正確には肉を持たないが、骨の中にわずかな水分を保有する。その水分が一気に蒸発しているのだった。デュラハンは首を失っているだけで肉体を保有する。火炎魔法は効果的だった。一方、肉体そのものを持たない死霊たちには火炎そのものはほとんど効果がなかった。
「まぁ、全滅ッてわけにはいかないわよね」
「死霊とスケルトンたちはまだ残ってますね」
ロベルトが逃した敵の軍勢を目で追いかける。
「城前で、セイトンとラルフォンさんの元仲間ゴードが固めているようですが。あとご子息のジャンヌくんも」
サレンダーが冷静にラルフォンに報告する。
「あら、セイトンとゴートって言ったら、元四天王じゃん。ならあの人たちが全滅してくれるわよね」
「メイさん相変わらずセイトン先生とは折り合い悪そうですよね」
ロベルトの言葉にメイはきょとんとした。
「あの女と私は同列じゃないのよ。だから折り合い悪いとかナイナイ」
「バカなこと言ってないで、次の一団を迎え撃つぞ」
ラルフォンは【厳念の槍】に【回復の雫】をエンチャントし、アンデッド隊を迎え撃っていた。
「効率わるいわねぇ、ラルフォン」
メイは簡易詠唱の火炎魔法【大火】を連続で繰り出している。【焦土の獄門】で地割れした地面から排出されるガスを利用して爆発を起こしている。アンデッドとはいえこれだけの数の敵だ、魔力切れが生死を分かつ。下手をすると十二聖騎士でも生き残ることさえできない。
前線のアンデッド隊はラルフォンたち十二聖騎士四名の働きで五十万の敵軍勢のうち、約十万打倒した。残り四十万の軍勢をそのまま後方の十二聖騎士三名で迎え撃った。十二聖騎士団団長ギャザリン・ダルトンが指揮を執る。残り八名いるはずの十二聖騎士団のうち三名が四十万のアンデッド隊を迎撃していた。
「団長、これでいいでしょうか、本当に」
十二聖騎士団ハインツ・ホフマンはギャザリンに不安そうに問うた。
「いいんだ、五人をあの位置に配置する。この作戦は、ラルフォンからの提案だ。厳密には子息のジャンヌらしいが」
「やるなら、やりますよッ」
ハインツは【破滅の鉄槌】を振り回す。魔狼に乗ったスケルトン隊が鉄槌の振動波で平衡感覚を失う。次々とスケルトンたちが魔狼から落ちていく。骨がバラバラになるも、魔狼たちが骨を探し咥え持ってくる。スケルトンはすぐに元の姿に再生する。
「むぅ、手ごわいですね」
ハインツはスケルトンたちのしぶとさに改めて驚いた。
「ハインツ、とりあえず十万でいい。残りの三十万は城前のセイトンたちが引き受ける」
ギャザリンは数々の戦場を潜り抜けてきた。敵を後方部隊に任せるという戦い方はこれまで行ったことがなかった。
ーー本当にこれでいいのか、一抹の不安はあったもののラルフォンがあれほど力強く進言してくるのだ。この作戦にかけるしかないとギャザリンは腹を括った。
狂った屍馬が馬車を引く。首もないのに器用に屍馬を操るのはデュラハンの軍勢だ。土埃が舞う。地面を蹴る力が強すぎるため、えぐれるような穴が街道のいたるところにできていた。
「ここいらが限界ですな」
ギャザリン、ハインツの二個小隊も大きく疲弊しながら、約十万の軍勢を打倒した。とはいえ、三十万をそのままセイトンたちに任せることになった。
アンデッドたちの怨念・死臭に取り込まれると、魂が抜け落ち自身もアンデッド化してしまう。十二聖騎士団率いる小隊は、みな戦闘前に【神の御陵】を受け、聖の力で守られている。それでも、アンデッドたちを怯え、恐れ、おののいたものたちは、その弱い心をつかまれ、瞬時に魂が抜け落ちた。
アンデッドたちは三十万、その大半は、村や町、聖騎士団たちがアンデッド化したものだ。リムが蘇生に失敗した五人がアンデッド化し、そこから派生したアンデッドたち。そういう意味では、もともとアンデッドなどいないのだ。ジャンヌの考えはここにあった。
父・ラルフォンに以前からアンデッドたちへの戦い方を進言していたジャンヌ。それは一か八かの博打。アイデアと言ってしまえば形はいいが、博打だ。
ー城前にてー
ジャンヌたちは三十万超のアンデッドの軍勢に目を疑った。これほど多いのかと。
「おいおい、こりゃぁ、命がいくらあってもたりないな」
ゴードは爪と爪をこすり合わせながら戦いの準備をする。セイトンは魔法、【金色の夜叉】を自身にかけた。身体は光り輝き、肉体が強化される。
「ゴードさん、セイトン先生。これだけの軍勢を十二聖騎士団が後方に任せるということは、父があの作戦を実行したということだと思います」
ジャンヌの目は力強く輝いている。三十万の敵軍を目の前にして、怯むどころか勝利を確信している眼だ。
「どういうことなの?」
セイトンは左腕の義手であり最凶の武器【僥倖の腕】を回しながらすべての敵を打ち払う準備をしている。
「【エイム・リバウム】です。蘇生を行います」
「【エイム・リバウム】って!」
セイトンとゴードがシンクロして叫ぶ。
「まさか、まさかこの規模で蘇生をするの?」
「ええ、おそらく父がギャザリン団長に進言して承認されたのでしょう。五名の十二聖騎士団は戦闘から外れ、五芒の配置で二重結界を貼っているはずです。
「でも、誰が、詠唱するのよ?あんなのこの規模でできる人なんていないわよ」
「僕と父とギャザリン団長です。五芒の位置に火が灯れば、詠唱開始です。セイトン先生とゴードさんはそれまで防衛戦でしのいでください。できるだけ一体も倒さずに。みんな蘇生します」
ゴードは鳩が豆鉄砲を食ったような、驚きと滑稽さとアイデアのユニークさに表情を失っていた。驚いた顔をしているが内心複雑な心情だった。
「こいつは、とんでもない奴になるかもな」
ゴードはセイトンとともに、三十万のアンデッドの軍勢に立ち向かっていった。