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いつも長さのわからない「R」を求めよ【第二話・禁呪】
【第二話・禁呪】
バルス・テイトは東国、ガダルニアの乱を収めた勇者だ。パーティーはライオットと同じく、三名編成。メンバーの正体は明かされていない。もちろん、バルスの正体もはっきりとは知られていない。オーガやサイクロプスのような巨人族から成りあがったという説や、何百年も生きるエルフだという説、南国の王家アシュフォードの血を引くものだという説、など諸説さまざまだ。実のところ、その姿をはっきりと見たものは、東国の王以外にはいない。
バルス・テイトの死が広く伝わったのは、東国の飛脚たちが荷物とともに噂話レベルのゴシップを各地で広めたからだといわれている。この話自体がゴシップだといえるのに。
ライオット自体、バルスの存在は知っているもののその姿は見たことはなかった。英雄武器を選ばずといったように、木の枝でも魔物を討ち滅ぼすといわれていた。この話をライオットにしたのは魔法使いのメルフだ。
木の枝は大げさだとライオットはメルフにいったが、メルフは木の枝に魔力をまとわせ、一メートル近くある高さの岩に投げつけた。木の枝は岩にまっすぐ飛んだ。岩はゼリーのように波打ち、杭のように突き刺さった。ほどなく、岩が二つに割れ木の枝は衝撃に耐えきれず裂けた。
バルスが木の枝で戦ったのかは定かではないが、メルフの魔力程度でここまでの威力なのだから、勇者ならどうなるのかはライオットには想像もつかなかった。
そのバルスが自分の体内に潜んでいる、どいういうわけか、蘇生魔法エイム・リバウムによりライオットの身体に魂が結びつけられた。セイレンとメルフにその奇妙な事実をつ伝えるべきかどうか。ライオットは痛む胸と背中を気にしながら、歩みを進めた。
日が落ち、西国と東国の国境の町アッシド・リムまではまだ遠い。ここで野営するしかなかった。
最後方を歩いていたセイレンが駆け足でライオットの前に回り込み「今日は、ここで野営するよ」といった。
メルフが集めた木々に大火の魔法で火をつけ、セイレンが水の精霊を集め鍋に入れ、湯を沸かした。干し肉と宿でもらったジャガイモを刻み、手早くスープを作り始めた。
ライオットはメルディックの剣を地面と水平に持ち、スコップの要領で穴を掘った。小一時間ほど穴を掘ったら、なめした大カエルの皮を敷きこんだ。大カエルの皮は耐水性に優れている。そこにセイレンが水の精霊を再び集め、水を流し込んだ。メルフがライオットにメルディックの剣を持たせ、大火をエンチャントした。ライオットがそのまま剣を水の中に投げ込むと、水が蒸発し風呂が沸いた。
「ねぇ、ライオット、先にお風呂入っていいよ」
珍しい、一番風呂とは。ライオットはセイレンの言葉に耳を疑った。
「だってねぇ、病み上りだし。もとい、蘇生したてだからねぇ」
メルフも同意といわんばかりに、頷いた。
「じゃぁ、お言葉に甘えて」
ライオットは破れた長袖Tシャツとジーンズ、靴下、下着を脱ぎかけ湯もそこそこに風呂に飛び込んだ。危うく、メルディックの剣でヤケドしそうになった。
《おい、ライオット。お前たちはいつもこうなのか?》
バルスが目覚めた。
「いつもって、いっても風呂は久々ですよ」
バルスはカエルの皮の隙間に座り、湯が漏れるのを防いだ。
《違うわい、水の精霊の使い方だ》
「どういうことですか?セイレンは僧侶ですが水の精霊とも契約を結んでいて、簡易召喚できるんですよ」
《あのなぁ、水の精霊に大火なんてかけちゃダメだ。アレ、水の精霊死ぬから。精霊のバランス狂うんだぞ。そういうところから》
「そうなんですか。でも、僕たちが水の精霊をどうこうしたところで、全体から見たら微々たるものでしょ」
《どこまでアホなんだよ。そもそも火・水・土・風の各属性精霊を召喚できるのは、世界で一人ってルールだろ。水はあのセイレンって娘が継承したってことか。風はアイツだから…土と火は…》
「え?つまり、それって、東・西・南・北全部の国をあわせて四人しかいないってことですか?」
《どこの学校出たんだよ、そんなことも習わなかったのかよ》
「すみません」
《それにだ、水の精霊をあんな使い方したら、怒りを買うぞ。精霊たちはただでさえ、気難しいんだから》
バルスとの心の対話が漏れ聞こえないか、ライオットには不思議だったが、セイレンとメルフは先にスープを飲みながら楽しそうに話をしている。
《ライオット、キミに頼みがある》
「突然、なんですか。できることと、できないことがありますから。できないことの方が圧倒的に多いですけど」
《僕を殺したヤツを探し出して欲しい。自分がどうやって死んだのかわからないが、年齢的にも寿命ってことはあり得ない。病気も考えられない。おそらくとしかいえないが、事故でもないはずだ。僕は軟禁されていたから》
「どういうことですか?」
《魔王を討伐したあと、ガダルニアの乱が起こったのは知ってるか。ダンジョンの魔物が激減したせいで、食いっぱぐれたダンジョン冒険者たちが集結してクーデターを起こした》
「はい、概要は理解しています」
《東国の王から、鎮圧を求められたのだが、
パーティーは解散していてね》
ライオットはのぼせそうになりながらも、バルスの話に心を傾けた。
《一万近いダンジョン冒険者を相手にするのは至難だよ。勇者でもね。だから、使ったんだ》
バルスの息遣いがライオットに聞こえる。動悸と息遣いがシンクロしている。ライオットは確かにバルスが自分の中にいることを感じていた。
「何を使ったんですか?」
《死の誘惑》
「クライ・レイド?」
《ああ、致死率五十パーセントの禁呪だ》
禁呪と訊いて、ライオットはのけぞった。東・西・南・北、全ての国が不可侵条約を結び、同時に禁呪の永続的放棄を掲げている。禁呪にはいくつか種類があるが、公表はされていない。そのうちのひとつ、死の誘惑を勇者のバルスが使ったというのだ。
《僕の死の誘惑は、致死率が五十%だが、それだけで禁呪になったわけじゃない。生き残った五十%には、その後禁呪の印が全身に結ばれ、苦しみ続ける》
「そんな」
《だから、先の魔王との戦いでも同様に禁呪条項制定はされていた。だが、僕はそれを、人に使ったんだ》
バルスの告白は思いもよらないものだった。禁呪を使うと、術者は穢れ人と呼ばれ、災いをもたらすと伝えられている。かつての英雄も穢れとなり、落ちたのか。ライオットは、風呂からあがった。
「穢れ人となったバルスさんを、誰かが殺害したということですね」
《おそらく》
「蘇生で俺のなかに混じり込んだのは、どうしてですか?」
《単に詠唱時に、セイレンがライオット・テイトと名前と苗字をミックスさせただけじゃないと思う。名前を間違った場合は、蘇生はできないはずだからだ。おそらく、あのセイレンは水の精霊の恨みを買っている。詠唱ミスにつけこんで、さまよう魂の僕も引っ張り出して、ライオットと僕の魂を競合させ、蘇生を邪魔しようとしたのだと思うな》
ライオットは着替えながら、バルスの話を聞き入った。時々相槌を打ち、話を聞いている意思表示をした。
「でも俺は生き返ったし、バルスさんは魂が俺にくっついたんですよね」
《そうだな。ただ、死後七十二時間は蘇生が可能だが、俺は死んでもう半月は経っている。》
「肉体は朽ち果ててますよね」
《いや、そうでもないかもしれない。肉体が朽ち果てると、魂が地上から消え去り転生の準備に入るか、執着してソウル系のアンデッドになるかどっちかだ》
「それって、つまりこの状況から考えるに、肉体が残っているから、魂も残っているってことになりません?」
《そのとおり。凍土で僕の肉体の腐敗をふせいでいる誰かがいる。その人物が僕を殺害した犯人か、または事情を知っているのかもしれない》
バルスはそういうと、ライオットの意識の中に沈み込んでいった。
ライオットは、食事を終えたセイレンとメルフに風呂が空いた伝え、鍋に残してもらっているスープをすくい腹を満たした。水の精霊の風呂のおかげで、魔力も回復し体力も随分ともとに戻っていた。ライオットは一番風呂に入らせてくれた二人に感謝した。
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